人気漫画【推しの子】が大人に激しく刺さるワケ 500万部突破の裏に、多くの世代に響く設計があった

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緻密な取材に基づくストーリーを単純に楽しむこともできる。また、エンタメビジネスに関心がある人は心を奪われるだろう。よく練られた構成や細部へのこだわりは、小説や実写版ドラマにしても面白くなりそうだ。

煌びやかな世界と登場人物の魅力を伝える絵柄に、今人気の「転生」といったファンタジックな展開を読者に自然なものとして受け入れさせる巧みなストーリー展開が調和している。

キーワードは「嘘」

物語の核になるのは「嘘」である。アニメの主題歌にも頻繁に登場するこのキーワードは、芸能界が嘘でできていること、アイドルは上手に嘘をついてくれる存在であることを示している。

夢にあふれた芸能界は巧みな嘘なしでは成り立たないこと、そして、嘘をつきつづけているうちに、嘘が本当になるかもしれないことを伝えている。ライトノベルなどで人気の転生という設定や、復讐の要素を織り込みながら物語が進行する。

エンタメとしての高い完成度に加え、見事なのは、随所にちりばめられた社会問題への切り込みだ。特に、子どもの立場から社会課題を見つめる姿勢は、本作品全体を貫くテーマといえる。単行本が出版されている11巻までは、幼児から10代後半までの未成年から見た、親を含む「大人たちの問題」が伝わってくる。

舞台となる芸能界には、視聴率を上げるため、子どもや若者を傷つけることを躊躇しない番組製作者たちがいる。また、家庭に目をやれば、自分の都合で子どもを捨てたりネグレクトしたりする無責任極まりない保護者たちがいる。こうした身勝手な大人が少なからず存在することは、残念ながら現実である。

優れたエンタメ作品は、辛い現実を描いて見せるのに留まらず、半歩先にあるかもしれない、解決策や希望まで見せるものだ。それは『【推しの子】』にも当てはまる。

主人公である男子高校生・アクアとその妹・ルビーは、徹底的に考え、様々な工夫をこらし、また、あざとい手を使いながらも、周囲の状況を改善し、自ら設定したゴールに近づいていく。懸命に努力する彼らに接し、その主張に理があると感じた大人は、時には自分が持つ権限を最大限に使い、時には見て見ぬふりをし、また時にはより効果的なやり方についてこっそり伝えて味方につく。

本作品に描かれる大人と10代後半の子どもたちとのやり取りは、綺麗ごとではすまない代わりに、絶望や世代による分断では終わらない複雑さと希望を感じるものだ。本作が描く大人たちは子どもや若者にとって、問題を生み出し、勝手なルールを押し付けてくる存在である。

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