「無視される」黒田総裁とイエレン議長 いま金融市場で何が起きているのか(上)

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では、この債券の、価値と価格は異なるか?

一般に、価値と価格は異なる。価値とは、財がその財の保有者に与える効用(幸福度)であり、主観的なものである。価格とは、取引において成立した、その財への対価である。

こうなると、その価値をもっとも高く評価する経済主体が、その財を保有すべきと言うことになるが、この価値と価格の議論は果てしなく奥深いので、あまり立ち入りたくない。

そして、我々は、都合の良いことに、現在は資産について、しかも、金融資産について考えている。金融資産の場合は、価値と価格の深遠な差について考える必要がないからだ。

金融資産とは、前述したように、将来売るために保有する財のことである。したがって、自分にとっての価値というものは存在しない。自分にとっての価値、に近いものがあるとすれば、それは、将来売れると見込んでいる価格に対する期待値は主観的なモノであるので、その期待値が価値ということになろう。そして、その価値が一番高い主体が、その金融資産を保有するべきである。

金融市場の本質は「幽霊」である

こう考えると、金融資産も普通の財と同じように、主観的な評価が一番高い経済主体が保有することが最適であり、それを価格付けして、価格に導かれて配分すれば、すべてうまくいく、それを効率的に行うのが市場であり、金融市場とは、リスクとリターンの最適配分である。こういうことになろう。そして、教科書にはそう書いてある(意外と書いていないが、教科書的にはそうなる)。

ここでのポイントは、価値と価格が結果的に一致している、ということである。それが、価格の効率性であり、市場の効率性を担保する。しかし、金融市場における価値は、普通の財の価値と異なるのだ。なぜなら、価値は価格であるから、価値を独自に考えずに済むからだ。これが、金融市場における資産価格を考えるときの便利な点であった。だからこそ、ファイナンス理論においては、証券価格を決定する理論において、経済主体の主観から自由になることができたのである。

もちろん、実は、主体の都合は、リスク許容度というもので測られ、それにより、価格は変わる。逆にいえば、リスク許容度だけを考えれば、主体の主観は全く考えなくて良くなり、リスク許容度に集約してしまえば、ミクロ的な主体については忘れることができ、あとは、市場全体のリスク許容度に応じた価格が成り立つだけとなる。ミクロとマクロの統合が、リスク許容度により図られるのである。

よって、ごちゃごちゃした人間の心理も迷いも、変わった好みも何も関係なく、市場全体のリスク許容度に集約され、マクロとミクロが一致した美しい理論体系ができあがった。だからこそ、金融工学と呼ばれるような、高度に数学的な世界にファイナンスを連れ込むことができたのだ。

しかし、これが罠なのだ。罠というよりは急所であって、金融市場が本質的に不安定であり、実体を持たない幽霊のようなものになってしまう要因、いや本源的な構造なのである。

そう。金融市場は、本質からして幽霊なのだ。これが、現在、あからさまになってしまったのだ。

(下)に続く。2月25日(水)公開の予定です。

小幡 績 慶應義塾大学大学院教授

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おばた せき / Seki Obata

株主総会やメディアでも積極的に発言する行動派経済学者。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現・財務省)入省、1999年退職。2001~2003年一橋大学経済研究所専任講師。2003年慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應義塾大学ビジネススクール)准教授、2023年教授。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。著書に『アフターバブル』(東洋経済新報社)、『GPIF 世界最大の機関投資家』(同)、『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)、『ネット株の心理学』(MYCOM新書)、『株式投資 最強のサバイバル理論』(共著、洋泉社)などがある。

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