知られざる、もう一つのカー・オブ・ザ・イヤー

自動車業界も注目した「あの日」を回顧

2014年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを獲得したのはマツダ「デミオ」だった(撮影:今井 康一)
年末になると自動車業界ではカー・オブ・ザ・イヤー(COTY)の話題で盛り上がる。2014年は日本カー・オブ・ザ・イヤーをマツダの小型乗用車「デミオ」が、RJCカーオブザイヤーはスズキの軽自動車「ハスラー」がそれぞれ受賞した。
ちょうど20年前、一般紙などの経済記者によって選ばれた「自工会クラブ版カー・オブ・ザ・イヤー」という賞があった。このことは限られた関係者以外は知らないはずだったが、『週刊新潮』にスッパ抜かれたために図らずも表沙汰になってしまった。事務局だった筆者が自動車担当を外れたため、結果的に2回しか経験しなかった「自工会クラブ版カー・オブ・ザ・イヤー」の顛末を3回にわたって記録しておきたい。

自動車担当が所属する記者クラブ

日本工業新聞(現フジサンケイ ビジネスアイ)の現役記者時代、日銀から自動車業界に担当替えとなったのは1993年7月だった。先の民主党政権時代に「閉鎖的だ」との批判が高まった記者クラブ制度だが、自動車業界にも日本自動車工業会(自工会)が開設していた通称「自工会クラブ」(現在は自動車産業記者会)という記者クラブがある。

記者クラブには、国会や役所、日銀のほかに、当時は民間の業界団体が設置しているものがあった。日本経済団体連合会(経団連)のある経団連会館(建て替え前の古いビル)には、財界クラブ、エネルギー記者会(電力・ガス)、重工クラブ(鉄鋼など)、機械クラブ(電機・自動車・一般機械ほか)の記者室が設けられていた。なかでも機械クラブは所属記者数に対して部屋が非常に狭く、クラブ内で重要な緊急会見が行われた時など記者が部屋に入りきらないこともあった(現在では機械クラブは廃止されている)。

自工会クラブは、経団連機械クラブの分室として、当時は自工会が入居していた大手町ビルの一角に自動車担当記者専用のクラブとして開設された。常駐記者は日本経済新聞が5人(担当記者数はもっと多かったように思うが…)、日刊工業新聞と日本工業新聞が3人、産経新聞、共同通信、時事通信が1人、さらに自動車業界では唯一の業界紙である日刊自動車新聞が3~4人だったと記憶している。ほかに朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、NHK、東京新聞、中部経済新聞などの記者が自工会クラブのメンバーとなっていた。

自動車担当になった当初の筆者は、全く自動車には興味を持っていなかった。知っている車名は、実家で乗っていた日産の「ブルーバード」、結婚後に妻が買ったトヨタ自動車の「カローラ」ぐらい。もちろん運転免許は持っていたが、用事がなければ運転はせず、ドライブを楽しむこともなかった。

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