“戦う哲学者”はなぜ「哲学塾」を作ったか

自分のための、ホンモノの哲学ができる場所

大学や哲学思想系の学会は、哲学研究をするための機関ですが、私はどうも「研究」が嫌いなのです。カントを研究して一生を棒に振りたくない。カントを知ったからとて、何になる? カントはなるほど「偉い」哲学者ですが、いざ専門の研究となると、その読解は驚くべき枝葉末節に至り、学会発表を重ね、斬新な視点の論文を書き、単行本を出して専門研究者の注目を集め、という具合にほかの研究者との死闘を重ねて、「のし上がらねば」ならない。そのあいだに、大学の常勤の職を見つけることも研究を続けるほとんど不可欠の要素です。

そうはいっても、若いころ私はある程度こうした仕事をこなしてきたのですが、心から「おもしろい」と思ったことがない。ただ、専門研究者から認められること、同世代のほかの研究者よりわずかにでも優れているという満足感を得られること、哲学専門家として世間が放っておいてくれること(わからないながら「難しいこと」をする者として尊敬されること)等々の、些末な理由で快感を得ていただけです。

このままでは「極東のカント屋さん」になってしまう

とはいえ、私にも哲学をする「純粋な」動機はあります。それは「どうせ死んでしまうのなら、生きることは虚しい」ということ、生きているあいだに、「死」を「解決」しなければならない、ということです。しかし、それをするには、とにかく生きていかねばならない。そこで、私はひとまず哲学研究者として身を固めて、「そこで」自分本来の関心に導かれて、死を解決する方向を探ればいいと思っていました。

40代に突入するとともに、努力の甲斐あって(?)哲学専門家集団の中でそれなりに「上昇」し、中堅のカント研究者として認知され、帝京技術科学大学(現、帝京平成大学)という哲学とはゆかりもない千葉県の新設大学に常勤の職を得ながら、ほかの大学での非常勤講師あるいは市民講座としてカントを講義してくれるように依頼され、カント事典の編集に当たったり、カント特集には必ず借り出されたりで、それなりの虚栄心は充たされました。

ですが、そこから電通大(という前より数段恵まれた職場)に移ってすぐに、ですから40代の後半のころですが、心底から「このままはダメだ」と思うようになった。

私はずっと自分をごまかしていたのですが、実はいかにわが国でカント専門家としてそれなりの需要があろうと、カント研究において欧米の研究者に伍していくのは多分一生かけても無理であること、しかもたとえ世界的カント研究者になっても、それは「私の目標」ではないこと、つまり、このまま虚栄心だけでカント研究を続けていくのは、ほとんど不可能であることを悟りました。

このまま行くと、自分はただの「カント屋さん」になってしまう、しかも欧米では通じない「極東のカント屋さん」! これは、いかにも予定外の道ですが、はじめから不純な動機で始めたのですから、壁にぶつかるのは当然のこと、といって自分は哲学研究者以外にどう生きたらいいのか?

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