離婚して「おめでとう」と言われる変な制度 「夫婦別姓制度」が必要なワケ

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つまり日本法は、明治に「近代的」家族観に基づく夫婦同姓という法制度を接受し、戦後、それを「形式的には」男女平等な規定に変えていくわけですが、中国文化圏および朝鮮半島では、そもそも夫婦同姓という「近代的」家族観を接受せず、そのまま夫婦別姓が生き残ったのです。いわば1周遅れ(前近代)で走っていたのが、気がついてみると日本より前(脱近代)を走っているように見える、ということになるわけです。

ただ、みんな夫婦別姓の社会ですから、「別姓にすると家族の一体感が失われる」という日本の保守派の議論が、まったく説得力を持たないのは自明です。実は日本法も国際結婚の場合は、別途、届け出を出さないかぎり夫婦別姓です。ならば国際結婚にはすべて一体感がないのでしょうか? そんなはずはないというのが、常識的な判断でしょう。

夫婦同姓は面倒くさい

実際上の問題を考えてみましょう。研究者の世界では、女性の旧姓使用は当たり前です。論文執筆者の姓が変わると、同一人物の論文かどうかがわからなくなるからです。

では旧姓使用だけでよいかというと、たとえば旧姓で書いている論文が評価されて、ビザの必要な国の学会に呼ばれたとして、そのビザ申請のための書類が旧姓になっていると、パスポートの戸籍上の姓と異なるために、別途書類を出してもらったり、パスポートに併記したり、よけいな手間が増えます。

カードに銀行口座、免許証やパスポート……。全部変えるのは、そうとう面倒な仕事です。

別に研究者にかぎらず、弁護士、税理士、営業職など、およそ自分の名刺を配って働く人にとって、改姓が面倒な制度であるのは自明です。そうしたことから事実婚を選ぶ人もたくさんいます。別姓を維持するかどうか以前に、自分たちの関係を国に認めてもらう必要などない、と考える人がいるのも当然です。

一方で、結婚して彼の姓になりたいと思う女性もたくさんいるでしょう。悪いことだとは思いませんし、選択的別姓制度はそもそもそういう人たちが同姓にすることを妨げるものではありません。選択制にしたとしても選ぶ人は1割前後でしょう。その人たちにその選択肢を与えてほしいと願うだけです。

ただ、夫婦同姓にしたときに女性が経験する最もつらい不利益は、離婚をしたときであることは知っておいてほしいと思います。離婚時には、結婚時の姓を名乗るか、結婚前の姓に戻るかという選択肢があります。別れた相手の姓を名乗り続けることをどう感じるかは人それぞれでしょうが、うれしいと思う人は少ないでしょう。

ところがそこで旧姓に戻すと、姓の変わった名刺を受け取った人に「あ、おめでとうございます!」と言われたりするのです。それを訂正しなければならないときの空気といったら……。

婚姻の3分の1が破綻する時代に、バツイチなんて誰にでも起きることです。そのときに女性の側のみが、こんな「手荒い祝福」を受けるのだとしたら、そのことだけを理由としてでも、別姓の自由が与えられるべきだと私は考えます。

選択的夫婦別姓法案は1996年に法制審議会を通過しており、法務省は「あとは国民の判断」と述べています。残るは国会の審議だけなのです。あなたも別姓を選べと言っているのではないのですから、誰かが別姓を選ぶ選択肢を認めることはできませんか?

瀬地山 角 東京大学教授

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せちやま かく

1963年生まれ、奈良県出身。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、学術博士。北海道大学文学部助手などを経て、2008年より現職。専門はジェンダー論、主な著書に『お笑いジェンダー論』『東アジアの家父長制』(いずれも勁草書房)など。

「イクメン」という言葉などない頃から、職場の保育所に子ども2人を送り迎えし、夕食の支度も担当。専門は男女の社会的性差や差別を扱うジェンダー論という分野で、研究と実践の両立を標榜している。アメリカでは父娘家庭も経験した。

大学で開く講義は履修者が400人を超える人気講義。大学だけでなく、北海道から沖縄まで「子道具」を連れて講演をする「口から出稼ぎ」も仕事の一部。爆笑の起きる講演で人気がある。 
 

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