「密着」というよりも「一部分」
舞踏会に議員が来るという話を書いたが、さらに詳細を書けば、市にはスポーツ大臣に相当するポストがあり、スポーツクラブのボードメンバーの中には市議になっている人物もいる。つまり市の政治の中にがっちりとスポーツが含まれているのだ。
このように書くとスポーツクラブと政治によからぬ関係があるのではと勘ぐる人もいるかもしれない。しかし、ドイツの市議は一部を除いて無報酬が基本。仕事を持ちながらスポーツクラブのボードメンバーや市議をしているため、構造的にいえば職業政治家にまつわるマイナス面が生まれにくい。これも職住近接で個人の可処分時間が多いことが前提条件になっているといえる。
以上のように、ドイツの10万人都市エアランゲン市の様子をみると、
(1)スポーツクラブは人々の生活の質、多様な社交を支えるインフラであり、
(2)都市のなかで経済、政治、行政、学術などあらゆる分野と結び付いている。
ということがわかる。「地域に密着している」というよりも、むしろスポーツそのものが「地域のひとつの重要な部分」になっているのがうかがえる。
日本でも地域に密着したスポーツのあり方に対する議論は近年盛んになってきている。確かに「密着」という方針を進めることで、勝利至上主義の狭量なスポーツ像から脱し、スポーツが老若男女の社交の場となる可能性は十分ある。そうなることで、いじめ・体罰が発生しにくい構造に変化するかもしれない。が、「密着」から一歩進めて「地域を構成する一部」となるようなビジョンを考えるべきかもしれない。「スポーツ・フォー・オール(万人のためのスポーツ)」を実現してきた10万人の町を見るとそんなふうに思う。
ログインはこちら