暴力多発の柔道界「怒らない指導」貫く男の信念 「練習中に私語もOK」その背景にある思い

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日本の柔道の現状に、危機感を募らせている柔道家がいます(写真:Csabagrap/PIXTA)

兵庫県宝塚市立長尾中学校の柔道部顧問だった同校教員(50)が10月、1年生の男子部員2人が差し入れのアイスを食べたことに腹を立て、柔道技で背骨骨折などの重軽傷を負わせて傷害容疑で逮捕された事件の波紋が広がっている。

教員が過去に3回も生徒に暴力をふるって処分を受けていたり、暴行事件を起こした翌日に柔道大会で生徒を帯同していたり。しかも、帯同を校長が認めていたというのだから、暴力に対し認識が甘いと言わざるをえない。

この事件を受けて、全日本柔道連盟(全柔連)は10月30日、「暴力行為根絶宣言」を再発動した。2013年に同様の宣言をしているが、「愛のむちなる言葉で美化される暴力は、決して柔道と相いれない」などの3項目で、内容や文言を変えて再度の注意喚起を図った形。いわば焼き直しのこの宣言に、ネット上では「(暴力根絶は)絶対に無理そう」「柔道はいちばんできなさそう」の声があふれた。

そのうえ、フランス柔道連盟元副会長のブルース氏からもAP通信のインタビューで、「すぐ対処しなければ、日本の柔道の未来はない(there is “no future for judo” in Japan unless they get addressed soon.)」と警鐘を鳴らされた。

モットーは“怒らない指導”

そんな日本の柔道の現状に、危機感を募らせている柔道家がいる。

腹巻宏一さん(56)。和歌山市で経営する「紀柔館」は、柔道と学習塾をミックスさせたユニークな道場だ。「柔道衣に着替えれば思い切り稽古し、机を並べれば集中して勉強する」。教わるのは小学生と中学生が中心だ。

写真いちばん左が腹巻宏一さん(写真:紀柔館HPより)

「昭和の頃のような指導は、もう限界でしょう。学校の部活動も柔道部員が減っていると聞く。体罰を振るわなければいいといった簡単な問題ではない気がします。ここで私たち指導者が変わらないと、柔道をする子がいなくなるのではないか」

真剣に語る腹巻さんのモットーは“怒らない指導”だ。

「稽古に入るときからワクワクするような、楽しい柔道を目指したい。うちは、ハイレベルなところを目指す選手と、そことは違うけど楽しいから続けている子が共存している道場です。全国を目指す子が練習する横で、男女が仲良く談笑する、みたいなことを僕らも子どもたちも気にならない。それぞれ自己が確立されているんです」

私語OK。笑ってもまったく構わない。稽古中に白い歯を見せるな!などと叱られることはまずない。ただ、畳に立って組み始めると、それぞれ無我の境地に入る。

「真剣にやれ、とか、集中しろと言われて柔道をやるのはおかしい」と腹巻さん。「自ら全力でやるからこそ楽しめる」と子どもたちに伝えてきた。

もともと暴力やパワハラとは無縁の指導者ではなかった。つねに怒鳴ってばかりいた。

「自分の中でも、ガンガン厳しく指導するのがいい先生だと考えていた節はあります。子どもだって、そのときはつらくても後々結果にはつながる。あのときは嫌だったけれど、それがあったから今の自分があると思ってもらえばいいと考えていた」

とはいえ、理想があった。

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