安藤サクラ「NHKの伝統さえ破る」底知れぬ実力 やさぐれ女優が「国民的女優」になれた理由

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もちろん、民放局でもサクラ増幅計画に拍車をかけた作品がいくつかある。おそらく大きな転換は、宮藤官九郎脚本の「ゆとりですがなにか」(日テレ・2016年)ではないか。営業畑で仕事もできる、性欲も主語で語ることができる、でもダメな彼氏(岡田将生)の尻をたたかなければいけない。結局のところは滅私の「おっかさん」にならざるをえない女を演じていた。

もう、これが朝ドラ「まんぷく」の原型と言ってもいい。安藤サクラのおっかさん化・国民的ヒロイン化が完成したわけだ。

安藤サクラがドラマ界にもたらすもの

毎朝、夫を励まし続けるサクラを見て、これはこれで味わいがあると思い始めたし、今はサクラの増幅を喜ばしく思っている。「ヒロインには新人女優を」という長年の伝統を断捨離したNHKの意図も、うっすらわかる。

朝ドラの視聴者層は、新人女優の初々しさや物足りなさ、あるいは突飛な言動に疲れて、脇役の男性俳優を愛でるシフトに入っている。男性俳優のすっぽこな魅力を引き出す、間合いと引き算が手練れなヒロインが必要なのだ。サクラはまさに適役である。

ドラマで見たいのは、きれいに着飾ったセレブ女や変わり者のインテリ女の荒唐無稽で華麗な成功物語だけじゃない。勝ち負けの壇上にもあがらない、あこがれの対象にもならない、歴史にも残らない、金や権力と無縁の日々を淡々と生きている、市井の女も描いてほしい。

そこに必要なのは、両極端を演じられる幅である。富と貧、動と静、愚鈍と俊敏、知性と痴性、寡黙と冗舌、まっとうと狂気。サクラのように両極端を演じられる女優を主演に迎えることで、ドラマにはもっと多様性や新奇性が生まれるはず。

さらには、実力のある俳優を活かす、良質な作品が求められる時代になっていくと思いたい。演技力のある俳優が映画や有料放送ばかりに出るようになるのは、数字と世間を気にしすぎるテレビドラマ界の落ち度であり失態だ。

なんつって、エラそうにテレビドラマ界の構造まで持ち出して、サクラにいろいろと背負わせすぎちゃったが、たぶん彼女は背負って踏ん張って立つことができる人だから。「まんぷく」収録も無事終えたようだし、ちょっと休んでから、またテレビドラマでがっつがつやさぐれてほしいな。

吉田 潮 コラムニスト・イラストレーター

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よしだ うしお / Ushio Yoshida

1972年生まれ。おひつじ座のB型。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News it!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。

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