4人の男性が「専業主夫」を早々に離脱したワケ 妻が稼ぎ、夫が家庭を守る「分業」は快適か

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今は、家族で地元の広島に戻り、主夫をしながらフリーランスでライターなどとして稼いでおり、今年度に限って言えば、妻の収入を上回っているという。でも、「たまたま今、自分のほうが稼いでいるというだけで、だからといってそれで役割を変えようとは思わない」という。

繁忙期も異なり、片元さんが忙しいときは妻のほうが担えることは担うというスタイルで、PTAなどは片元さんのほうが「学校に行くのは好きなので」参加することが多いという。

正社員のような働き方に戻る可能性については「収入的にそうしなければ生活が回らないようであれば考えますが……」と消極的だが、「両方働けたほうが、リスクヘッジにはなりますよね」と収入源が2つあることの安心感を語る。やむをえず入れ替わった夫婦の形だったが、結果的に今の夫婦のポートフォリオに満足しているという。

稼ぎ主を一度降りて、戻ることは難しい

ここまで4人の主夫について取り上げた。この4人の主夫たちについては、比較的早めに「専業主夫」であることからは脱しており、保育園や幼稚園に子どもを預けて、家計補助的に働く方法を見つけていた(もちろん長年専業主夫をしている男性もいると思うが、そう多くはないのではないか)。

その理由は、①専業で家事育児を担うことは想像以上に肉体的精神的に大変、②自身の自由な時間がない、③片方の稼ぎでは家計が不安定、といったことだろう。これは、仕事に専念する夫と、専業主婦の妻という組み合わせの家庭が抱える問題と同じだ。

長年夫婦をしていると、どちらかが働けなくなったり、転勤したり、さまざまな変化がある。また育児や介護のフェーズによって、一時的に「稼ぎ主」の交替が必要なときもあるだろう。ところが、これまでの日本の「サラリーマン」的な働き方では、稼ぎ主を一時期降りて、また戻るということがなかなか難しい。

一時期、読売新聞の「人生案内」というコーナーを毎日読んでいたところ、多くの中高年女性からの相談が「夫と離婚したい」であった。そして誰が回答をしても、アドバイスはほぼ「まずは経済的自立の確保を」というものだった。でも、そのときになって再就職するのが難しい社会では実現困難な、酷なアドバイスかもしれない。仕事と稼ぎを手放すことのリスクについて、日本ではなぜかあまり語られることがない。

今回取材した夫婦は、そうしたリスクに直面していたように思う。そして主夫という選択をしてみた結果がどうだったかというと、単に従来型の「専業で稼ぐ夫」と「専業で家事育児をする妻」の役割を入れ替えているわけではない。その時々の判断で、役割を変えていけるような形を模索しているように見受けられた。

ただし、ここで浮かび上がるのが、片方が融通の利く働き方にしようとすれば、何年やっても熟練しても賃金の上がらない「バイト」が中心になってしまう――という日本の状況だ。フリーランスで稼げたり、ブランクを経て何らかのポストに就いたりとさまざまな選択肢を採ることがこれまでは険しかった。

男性にも女性にもそれが当たり前に出てくれば、ライフステージに合わせた柔軟な人生の選択が可能になり、さらに「長時間労働で家にいない夫と、家に縛られた妻」というそれぞれに大変な状況も、ひとり親の大変さも変わっていくのではないだろうか。企業も人手不足の中、長時間労働でなくても続けられる、ブランクがあっても戻れる、スローダウンをしてもキャリアアップが図れる、雇用形態にかかわらず評価がされる……といった仕組みを設ければ、多くの人材を活かせるはずだ。待機児童も解消し、親の就労の有無や形態にかかわらず預け先が増えていく必要もある。

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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