19世紀から進化しない音楽教育に欠けた視点 起業して成功したメルボルンのホルン奏者

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このインタビューに数多くある指摘からもう1つだけ紹介しよう。

『音大生や音楽家は、聴衆・オーディエンスを獲得するための努力を“汚い”と思ってしまう。自分を売り込むということは、素晴らしい音楽を聴衆と共有する、という音楽家の人生の目標を達成するためのものなのに』

この原因を、インタビューホストのヒッツ氏はこう推測した。

『実際は大抵、拒絶されることを恐れている人たちなんじゃないだろうか。「汚い売り込みはしない」と言っているのは、売り込みをすると断られることが当然あるという現実から逃れる言い訳にすぎないと思う』

それに対して、デ・ウェジャー氏はこう答える。

『……断られることを恐れているのならば、“なぜ自分は断られることを恐れているのか?”ということに向き合う必要がある。

その恐れは、なぜ自分がこの活動をしているのかということがどこか不明確になっているから来ているのでは? 音楽活動はとても自己満足的というか贅沢な仕事。自意識過剰になりやすい。

でも、音楽を他者のために演奏し仕事としているなら、失敗なんて存在しない。断られることなんて何も気にならないはず。

朝起きて、演奏会の案内を送るとか、企画の売り込みの電話をかけるとか、そういった行動をするかどうか、全部自分次第。

スポーツ心理学博士でジュリアード音大教授のノア・カゲヤマが述べた。

“芸術とは自分のために自分のエゴでやることではなく、まったくもって他者に奉仕することなんだ”と。

それを明確に理解していたら、その活動の「音楽」の部分と「ビジネス」の部分はどちらも自分次第なのだとわかるはず』

演奏は聴衆とのコミュニケーション

音楽で生計を立てる、という意識を持つにあたり、音楽家や音楽教育の現場は、音楽が汚される・質を犠牲にするという恐怖感を持つのではないか、と思う。それは、音楽教育において練習量・努力量が偏って強調されがちなこととも結びついているかもしれない。

しかし、音楽の演奏は聴衆とのコミュニケーションだ。人との交わりなのである。コミュニケーションを据えたとき、ビジネスとマーケティングもまたコミュニケーションなのであるから、ひとりの音楽家のなかの芸術と生活の葛藤は制限以上に創造性とエネルギーの源になるのではないか、と筆者はそう考えている。

この記事では取り上げきれなかったデ・ウェジャー氏の指摘、具体的な方法をまとめた日本語での全文書き起こしはこちら
バジル・クリッツァー ホルン奏者

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Basil Kritzer

アメリカ人の両親を持つ香港生まれ京都育ちのアメリカ人。1歳で来日し、日本の保育園、公立小学校に通う。「お受験」で中高一貫教育の私立校に入り、吹奏楽部に入部した際にホルンに出会う。高校卒業後はドイツ留学。エッセン・フォルクヴァング芸大ホルン科卒業。在学中は極度の腰痛とあがり症に悩み、それを乗り越えるために「アレクサンダー・テクニーク(Alexander Technique)」という欧米の音楽、演劇、ダンスの現場では広く知られ取り入れられている「身体の使い方」のメソッドを学ぶ。日本に帰国後、このメソッドの教師資格を取得。これまでに東京藝大、上海オーケストラアカデミー、大阪音大、昭和音大はじめ各地の教育機関で教えている。現在は沖縄県立芸術大学非常勤講師。尚美ミュージックカレッジ特別講師。著書に『マンガとイラストでよくわかる!音楽演奏と指導のためのアレクサンダー・テクニーク実践編』『バジル先生とココロとカラダの相談室シリーズ』(ともに学研)、『徹底自己肯定楽器練習法』(きゃたりうむ出版)など多数。ブログ:basilkritzer.jp(プロフィール写真:©学研)

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