教養の出発点は、「日本人とは何か?」 山折哲雄×上田紀行(その1)

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上田:最初から手厳しくきましたねえ!(苦笑)

大学の話題が出たので、そちらのテーマを話しますが、この前、ハーバードとMIT、ウェルズリーに行ってきたんです。ウェルズリーはヒラリー・クリントンやマデレーン・オルブライトという2人の女性国務長官を出した女子大。

上田紀行(うえだ・のりゆき)
東京工業大学リベラルアーツセンター教授
文化人類学者、医学博士。1958年、東京都に生まれる。東京大学大学院文化人類学専攻博士課程修了。愛媛大学助教授を経て、東京工業大学大学院准教授(社会理工学研究科価値システム専攻)。2012年2月より現職。『生きる意味』『かけがえのない人間』など著書多数。

そこで驚いたのが、東工大をはじめとした日本の大学のこれまで行ってきたミッションと、彼らが言っているミッションが違うということ。似ているけれども、すごく違うのです。

日本の理工系大学のミッションは、「社会のお役に立てる科学技術を提供する」。つまり、この社会の役に立つことを目指している。一方、米国の大学は「この社会をよくする」と言っている。つまり、21世紀をよき社会にしていくことを目指している。

では、日本の「社会のお役に立つ」とはどういうことかというと、需要があればいいわけです。社会から求められる技術をわれわれは出そう、社会からよい評価をもらうような製品を出していこう。つまり主体は向こう側にあって、われわれはその需要に応えるんだと。

ところが、たとえばMITが「この社会をよくする」と言ったら、「よいとはいったいどういうことなのか?」を考えなければいけない。彼らは「社会的正義を実現する」みたいなことも言うので、そうすると必然的に、「正義とはいったい何なのか?」を技術者も考えなければいけない。

日本では、今までの大学があまりに社会の役に立ってなかったので、この20年間ぐらい、「とにかく社会のお役に立とう!」という嵐が吹き荒れた。だから、地方大学は町おこしに参画し、県庁と組んでプロジェクトをした。都心部の大学も、社会に有意義な人材を出していくことをものすごく強調する。

しかし、その意味の創造主が向こう側にあって、「そのお役に立ちますよ」と言っているかぎりは教養なんて必要ない。うちの大学の卒業生がどんどん就職すればいい、作った製品が売れてカネが入ってくればいい、ということで結局、二流に成り下がり、「優秀な牧羊をたくさん出していきましょう」という大学になってしまう。

そのビジョンのなさ。やればやるほど、意味を生成する主体から遠ざかっていくという悪循環に陥っている。そのことが米国の大学を見学してよくわかりました。

日本人の教養獲得の基本手段は受信

山折:結局、日本人の教養獲得の基本手段は受信機能なのです。それは1000年、変わっていない。最初は中国文明、その後は西洋文明。戦後、ずっと受信機能だったわけだ。発信機能が依然として弱いのです。発信機能が弱ければ、自ら創造する価値観なんて出てくるわけがない。それが今、おっしゃったことに見事に表れている。

何も東工大だけじゃないよ。日本の大学、全部がそうだ。これは深刻だね。

上田:しかし、そのことが今、問われてしまっている。これまでわれわれ日本人は、いち早く中国、米国、欧州のものを仕入れて、時間差で食べていたわけです。5年先にはやりそうなものを仕入れて、はやってきたところに商品としてパッと出す。われわれ学者は、それを目利きとしてやろうとしていたのですが、そのタイムラグがほとんどなくなってきた。

本来は先見性を持って、次の時代の本当に創造的なものを見つけなければいけないのに、後追いばかりやっていて、実際に儲からなくなってきた。

山折:日本の近代化は全部、向こうの模倣でした。この150年間、政治、経済、法律、すべての制度が西洋の模倣だったから、それに対してどういう独自の価値観を持って戦うのか、そうした姿勢ができていないんでしょうな。

その独自の価値観は何かというと、結局、「日本人とは何か?」にいくんですよ。「自分とは何か?」を発見するためにも、「人間とは何か?」を発見するためにも、どうしても「日本人とは何か?」から出発する以外にない。これが教養を考えていく出発点でしょう。

ところが、それが小・中・高・大学までほとんどできていない。いちばん責任があるのが大学ですよ。受験のせいなんだから。

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