坂本龍一は、「仕事」をどう考えているのか 記録映画を通して見る、世界的音楽家の日常

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――その目安はあったんですか。ここまで来たら、直したくなっても絶対に直さない、というような。

それがないんですよ。結局は勘なんですよ。たとえば絵を描く人もそうでしょうけど、どこかで筆をおかないといけない。ひとつ余計な点を描いちゃったために全部が崩れてしまうことってあると思うんです。文章だってそうじゃないですか。直しすぎちゃってダメになることもある。それに近いと思います。これ以上やると、そのよさが壊れてしまうというような、ギリギリのところがあるはずなんですよ。それを見極めないといけない。


神経を敏感にして、今か今かとタイミングを計るしかない。そこがいちばん面白いところだし、注意したところでもあります。これ以上は絶対に延ばさない。どうやったって翌日になれば直したくなるんですよ。でもこれ以上はだめだ、というところでやめました。

若者に伝えたいことは「人の力を頼るな」

坂本龍一 (さかもと・りゅういち)/ 1952年生まれ。東京都出身。1978年「千のナイフ」でソロデビュー。同年にYMOを結成。散開後も多方面で活躍。1983年には『戦場のメリークリスマス』で初めて映画音楽を担当。1988年には『ラストエンペラー』で米国アカデミー賞オリジナル音楽作曲賞、グラミー賞ほかを獲得。音楽を手掛けた主な映画作品として『シェルタリング・スカイ』『ハイヒール』『御法度』『ファム・ファタール』『シルク』などがある (撮影:梅谷秀司)

――最後に若いビジネスパーソンにメッセージをお願いできますか。

うーん……。人の力を頼るな、ということですかね。以前、大学に呼ばれて講演したことがあったんですけど、そのときに学生が「坂本さん、私たちの背中を押してください」と言うんで、僕は怒りました。これから何かやってやろうという年齢の人たちが、こんなじじいに向かって力を貸せ、というのはどういうことだと。そういう精神じゃダメだと思いますよ。僕はそう思ってやってきたし。自分でも1歳でも年上の人間は全部敵だと思ってやってきましたからね。

――下の世代は?

知りません。無視です(笑)。ただ才能がある人間は当然いるわけなので、「若い芽を摘む会」というのはひとりでやっていましたけどね。実際は摘んでいないんですが、心の中で、あいつ、ちょっと才能あるな。今のうちに潰しておかないと、という気持ちでいました。冗談ですが。

――それくらいの気持ちでいたほうがいい、ということですよね。

反抗精神というのかな。それも時代錯誤なのかもしれないですけど、そういう気持ちがないと、新しいことはできないと思うんですよ。すでに誰かがやったことをまねするだけでは面白くない。やっぱり自分の力で、自分で考えないといけないですから。でも、そのためには勉強しないといけない。過去のことを知らないで、新しいことをやったような気持ちになっているのは本当に最悪ですからね。

(文中一部敬称略)

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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