健康格差の解消には「楽しい仕掛け」が必要だ WEBメディア全文公開プロジェクト 第4回

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川添さんの事業への思いを一層強くさせたのが、帰国後、東京大学病院に勤務した時だった。病院で直面したのは、早く病気が見つかっていれば重症化を防ぐことができた糖尿病患者だった。「どうして健康診断を受けなかったのですか」と尋ねると、患者たちは口々に「機会がなかった」「仕事が休めなかった」「お金がかかる」「いきなり病院の健康診断だと怖い」と答えたという。

川添さんは、病院の患者たちに、ワンコインで健診できるサービスを必ず立ち上げると約束し、病院を退職。2007年冬に、大学時代から貯めていた1000万円を起業資金に「ケアプロ」を立ち上げた。

「セルフ健康チェック」の立ち上げから9年。サービスは、累計42万人もの人が利用するまでに成長した。最近では、パチンコ店や競艇・競輪場、住宅展示場、ショッピングセンターなどに出張店を出すことも増えている。これは「健診弱者」が普段どこにいるか、健康診断を受けていなさそうな人たちはどこにいるか、知恵を絞った結果だ。特にパチンコ店の駐車場で行ったケースでは、多くの人に「セルフ健康チェック」に参加してもらおうと、看護師のコスチュームを着た若い女性を配置し、呼びかけを行ったところ、無職の人の受診率が男女ともに上昇したという興味深い結果も得られた。

「健康診断には、アクセシビリティという考えがもっと必要だと考えています。参加者に来てもらうものではなく、参加者のいるところに出向くという発想が行政側にもっとあっていいのではないかと考えています。健康を届けに行っているんだという姿勢です。

行政の役割には、邪魔しないこと、後押しすること、マッチングの3つがあると思いますが、こと健診に関しては、マッチングがもっとも大切です。健康に無関心な人や健康のことを考える余裕のない人は、どこにいるか、どうすればアプローチできるか。マッチングに徹底的にこだわることが、健康診断の受診率をあげることにつながりますし、「健康格差」を解消できる大きな手法になるのではないかと考えています」

「セルフ健康チェック」の出張店は、これまでに全国1500ヵ所以上で開催され、2017年9月には、東京23区で最も高齢化率が高いとされる北区と共同でイベントを開催するなど、自治体との共同事業にも乗り出している。また、2015年からは、経済発展とともに生活習慣病が急増しているインドでも、「セルフ健康チェック」を始めるなど、取り組みは国境を越えて広がっている。

「健康格差」を解消するためには、生活者が健康に接する、ありとあらゆる局面で「仕掛け」を大胆に変えていく必要がある。

位置ゲームには人を屋外に連れ出す効果がある

⑤「ポケモンGO」の可能性

番組の収録では、評論家の宇野常寛(うのつねひろ)さんからも「仕掛け」についての提案があった。それは、ゲームの魅力を存分に駆使して、健康に結びつけるというアイデアだ。

散歩が趣味という宇野さんは、スマートフォン向けゲームアプリ「イングレス」に夢中だという。「イングレス」とは、スマートフォンのGPS機能を使ったオンライン位置情報ゲームだ。現実世界を実際に移動して行う「陣取り合戦」で、現実世界とゲームを融合した新感覚のもので、世界200の国と地域で、累計2000万回以上ダウンロードされる大ヒットとなっている。

このゲームを開発したのは、アメリカのIT企業「グーグル」の社内ベンチャー「ナイアンティック」社。この会社の名前を聞いて、ピンときた方もいるかもしれないが、あの「ポケモンGO」を開発・制作したゲーム会社だ。「ナイアンティック」社は「イングレス」で培った、現実世界を巻き込んだ「陣取り合戦」の構造を応用し、「ポケモンGO」を企画開発。日本でも、2016年7月にリリースされると、瞬く間に社会現象となった。

「ポケモンGO」は、2017年6月現在、世界200の国と地域で、累計7億5000万ダウンロードを突破する天文学的なヒットゲームアプリとなっている。宇野さんは、これらのゲームを開発したデザイナーの哲学に、健康に無関心な層や、配慮できない層へのアプローチの可能性が隠れていると考えている。

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