北朝鮮を攻撃すればソウルで100万人が死ぬ トランプ政権の「先制攻撃」は絵に描いた餅だ

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米国による北朝鮮への先制攻撃がもたらすリスクについて、盧武鉉政権時に大統領府外交安保首席秘書官を務めた韓国国防研究院のソ・ジュソク責任研究委員は5日、慶應義塾大学で行われた朝鮮半島の安全保障政策に関するシンポジウムで次のように語った。

「北朝鮮の核ミサイル攻撃が差し迫って先制的に攻撃をするpreemptive attackであれ、(最近米国で議論されているような)北朝鮮の核能力がさらに高度化される前に、予防的に核攻撃施設を攻撃するpreventive attackであれ、北朝鮮は自らの安全保障体制への攻撃であるので、非常に強硬な反応を見せる」。続けて「米韓の攻撃能力がいかに優れているとしても、北朝鮮の核能力をすべて破壊することはできない。北は当然、核を動員した反撃をする。同時に、長射程砲など北朝鮮が持っているさまざまな攻撃手段を活用した対韓国、対米国攻撃に入る」と述べた。

そして、「(2010年に南北で砲撃事件があった)延坪島やソウルなどを含めた広範囲な場所に対する反撃につながると思われる。94年のクリントン政権時には、米国が北朝鮮の核施設を対象にサージカルアタック(局部攻撃)をしたら、10万人以上の米国人と100万人以上の韓国人が死亡するとの計算があった。おそらく今は北朝鮮の攻撃能力が上がっているので、被害はもっと大きくなる。韓国のいかなる指導者も先制攻撃があってもいいと考えている人は一人もいない」と述べ、米国による先制攻撃のリスクに強い懸念を表明した。

トランプ政権はIS対策を重視

また、米国による北朝鮮への軍事行使の可能性が低い理由として、トランプ大統領がイスラム国(IS)など「イスラム過激主義のテロ根絶」を最優先事項に掲げることがある。

志方俊之・帝京大名誉教授(安全保障)は筆者の取材に対し、「トランプ政権は中東問題の解決が先。マティス国防長官やマクマスター大統領補佐官らは中東の専門家で、対ISが何より優先される」と述べた。

また、退役海兵隊大将のマティス氏や陸軍中将を務めたマクマスター氏は戦闘部隊司令官でもあったことから、アジアで不必要な戦争や無駄な犠牲者を生じさせる考えはないとみられる。特にマクマスター氏はかつて著書「Dereliction of Duty(=職務怠慢の意)」を出版し、ベトナム戦争の泥沼化を分析し、当時の大統領や軍上層部を批判した。軍史や戦略の専門家としても知られる同氏がうかつに第2次朝鮮戦争を引き起こす北朝鮮への先制攻撃を強行するとは思えない。

朝鮮問題のルポで知られ、38度線を撮り続けている報道写真家の山本皓一氏は筆者の取材に対し、北朝鮮は38度線の山の斜面にはトンネルや土嚢を使って大砲や移動ミサイルを隠している」と述べ、米軍の先制攻撃で北の兵器を破壊する難しさを指摘した。さらに、「トランプ大統領が実力行使をしたら、北朝鮮は当然、在日米軍の総司令部がある横田基地や横須賀基地をミサイルで狙うだろう」と憂慮した。

慶應義塾大学の西野純也教授も前述のシンポジウムで、「軍事的なオプションが今後ともテーブルの上に載せられていく状況は続くと思われるが、それは韓国だけでなく日本にも重要な意味を持つ」と指摘。「とりわけ安倍政権になって、厳しい安全保障環境の中で、日本の安全保障政策が法律を含め、大きく変わってきている。もし朝鮮半島情勢に何かが起これば、日本はより深い形でかかわらざるを得ない」と話した。

緊迫する半島情勢に日本も翻弄されることになりそうだ。

高橋 浩祐 米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

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たかはし こうすけ / Kosuke Takahashi

米外交・安全保障専門オンライン誌『ディプロマット』東京特派員。英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』前特派員。1993年3月慶応義塾大学経済学部卒、2003年12月米国コロンビア大学大学院でジャーナリズム、国際関係公共政策の修士号取得。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターなどを歴任。朝日新聞社、ブルームバーグ・ニューズ、 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、ロイター通信で記者や編集者を務めた経験を持つ。

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