「どんど焼き」で餅と書き初めを焼く意味

正月にまつわる蘊蓄100章

初詣は、どちらに行かれましたか?(撮影:今井康一)
モノ情報誌のパイオニア『モノ・マガジン』(ワールドフォトプレス社)と東洋経済オンラインのコラボ企画。ちょいと一杯に役立つアレコレソレ。「蘊蓄の箪笥」をお届けしよう。
蘊蓄の箪笥とはひとつのモノとコトのストーリーを100個の引き出しに斬った知識の宝庫。モノ・マガジンで長年続く人気連載だ。今回のテーマは「正月」。元旦の記憶が新しい今だからこそ気になる、究極の知的な暇つぶし。引き出しを覗いたキミはすっかり教養人だ。

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01. 「正月」とは、本来、その年の豊穣を司る年神様をお迎えする行事であり、旧暦・新暦の年のはじめをいう

02. 「年神様」とは祖霊のことで、春には田の神に、秋が終わると山の神になって人々を守ってくれるという

03. 1月1日を「元旦」「元日」、3日までを「三が日」、7日までを「松の内」と呼び、ここまでを正月という

04. 地方によっては1月20日までを正月とし、「二十日正月」や、魚の骨まで食べつくすために「骨正月」とも呼ぶ

05. また新暦の元旦を軸とする「大正月」、旧暦15日を軸とする「小正月」という区分けもある

06. 正月は仏教が伝来した6世紀半ば以前から行なわれていたとされるが、夏の盆と同じく先祖を祀る行事だった

07. しかし仏教が浸透し、夏の盆は仏教行事の盂蘭盆会(うらぼんえ)と融合して先祖供養行事に

08. 一方、正月は年神様を迎えてその年の豊作と安全を祈る「神祭り」として区別されるようになっていった

09. 神事ゆえ天皇や公家は年が変わると禊をし天地四方と山稜を拝んだ。四方拝と呼ばれる一年最初の宮中行事

10. その後、武家を中心とした鎌倉・室町時代を経て、現在のような正月の行事が定着したのは江戸時代のこと

初詣が一般的になったのは…

11. 明治以降は家族で祝うようになり、有名神社への初詣が一般的になったのは昭和も戦後になってからである

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12. 正月準備は前年の12月13日からとりかかるのがよいとされ、「正月事始め」として煤払いなどが行なわれる

13. 起源は平安~江戸初期まで使用された二十七宿による日本の暦で毎年12月13日は必ず「鬼宿」にあたった

14. 鬼宿の日は婚礼以外すべての吉日とされ、正月の年神様を迎えるのにふさわしいことからこの日が定着した

15. 煤払いで一年の汚れを落とすと立てられるのが「門松」。門松は、年神様が下りてくるときの目印である

16. 常緑の「松」は神が宿る木と考えられ、のちに長寿を招く縁起をかついで「竹」が添えられるようになった

17. 門松は玄関前の左右に飾り、向かって左側に黒松を使用した「雄松」を、右側に赤松を使った「雌松」を置く

18. 12月29日に立てるのは「苦立て」、31日は「一夜飾り」として敬遠され、28日頃に立てるのがよいとされる

19. 門松の片付けは1月6日の夕方に行なうのが一般的だが、15日の旧正月まで飾る地方もある

20. 「しめ飾り」は家のなかが年神様を迎えるために清められた場所であることを示す

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