「トランプ対中国」泥仕合で為替はどうなる? 「一つの中国」への疑義が生む軋轢とは

拡大
縮小

人民元は2015年から2016年11月末までの間に対ドルで約10%下落したが、米大統領選後の米金利上昇もあって、他の新興国通貨のほうが人民元よりも大きく下落している。同じ期間中、トルコリラは32%、メキシコペソは28%、ブラジルレアルは21%、南アフリカランドは18%、それぞれ下落している。中国当局からすれば、人民元の下落はドル高による部分が大きいうえ、元買い介入を続けているおかげで元安が抑えられているのだと、トランプ氏に主張したいところだろう。

人民元はなお20%割高

中国当局がこのような反論をしたところで、トランプ氏が中国政府に対する高圧的な姿勢を改めることはないだろう。程度の差こそあれ、人民元は対ドルで下落しており、その背景には中国の通貨・通商政策があるからだと主張することは、トランプ氏の支持基盤に対する強力なアピールとなる。

仮にトランプ氏が中国政府に対し人民元の切り上げを執拗に要求すれば、米中関係は悪化の一途をたどり、中国政府が米国に対して敵対的な動きを取ることも考えられる。たとえば中国当局は元安を一気に進めるべく、これまで続けてきた元買い介入を突如中止することもできる。

世界の投資家は、中国政府がトランプ政権に対してより強力なメッセージを送ろうとして、2015年8月と同じように人民元を切り下げることも想定すべきだろう。それにより中国人投資家による海外投資の動きを阻害する一方、外国人投資家による中国向け投資を促せば、資本流出が止まり、景気が安定するメリットも得られる。

もしそうしたメカニズムを想定して資本流出を止めようとするなら、切り下げ幅は大幅にせざるをえない。人民元は下落が続いているが、物価や貿易額から算出される実質実効レートで考えると、2010~2011年の平均的な水準からみてなお20%程度割高だ。中国当局がそうした割高度の解消を狙って20%の切り下げを実施すれば、対ドルレートは8.4台と、人民元を管理変動相場制に移行すべく2005年に7月に切り上げて以来の大幅元安水準に達することになる。

中国当局がトランプ政権に対してこれほど強力なメッセージを発すれば、トランプ新大統領は激昂し、中国と為替操作国として認定、中国からの輸入製品に対し大幅な関税を課すなど、保護貿易主義的な姿勢を強めるだろう。米中通貨戦争の始まりである。

世界の2大経済大国が通貨戦争に突入することで、金融市場はリスク回避姿勢を強めるリスクオフの展開になると予想される。為替市場では円高が進展し、株価は世界的に大きく下落するだろう。米中関係の行方は、日本の個人投資家にとって他人ごとではなく、大いに注意を払うべきことである。

村田 雅志 ブラウン・ブラザーズ・ハリマン通貨ストラテジスト、CFA

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

むらた・まさし / Masashi Murata

三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)にてエコノミスト、GCIキャピタルにてチーフ・エコノミストとして活動後、2010年より現職。ドル、円だけでなく新興国通貨も含めた数多くの為替レートの見通しを国内外の機関投資家に提供。幅広い視点でのロジカルな分析で国内外から高い評価を得ている。東京工業大学卒業、同大学修士、コロンビア大学修士、政策研究大学院大学博士課程単位取得退学。著書に『名門外資系アナリストが実践している為替のルール』(東洋経済新報社)。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT