「働き過ぎで命を失わない」ためにできること 残業代をしっかり「払う」「もらう」の意義

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このように労働基準法が遵守され、法律に従った残業代が正しく支払われるならば、経済的、経営的に合理的な行動をとろうとする経営者(使用者)は、残業を極力行わないようにさせるだろう。法はそのような期待を込めて割増賃金の制度を作ったのである。

しかし現実には労働基準法を守らず、残業代を支払わない使用者が後を絶たない。また、固定残業代、定額残業代などという形で残業代の支払いを免れようとする動きもあるが、これらは多くの場合は違法であり、実質的には残業代不払いを免れるための便法として利用されているのが実態である。

残業代を請求することは、単におカネの問題ではない

問題なのは、残業をしても残業代がまったく支払われなかったり、いろいろな理由を付けて残業代の不払いを正当化しようとしたりする使用者が数多く存在していることだ。「サービス残業」という言葉があるが、これも違法に残業代が支払われていない残業を意味する。

このような残業代不払いは犯罪であるから、労働基準監督署が取り締まりを行う必要があるが現実には一部の悪質なケースでしか立件されていない。長時間労働を防止するために労働者がまずできることは、残業代の不払いがあった場合は、使用者に対して法律に基づいて割増の残業代を支払うように請求していくことだ。

法律に基づいた割増残業代が全額支払われれば使用者は長時間労働をさせることが割に合わないと感じるようになるだろう。そうなればおのずから長時間労働はなくなるはずである。労働者が、きちんと権利行使して使用者に残業代を支払わせることを通じて結果的に長時間労働は抑制されていくことになる。その効果は無視できない。

労働者も、残業代を請求することをためらう必要はまったくない。残業代を請求することは、単におカネの問題ではなく、命の問題なのだ。

労働基準法1条は「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」と規定している。そして、労働時間は1日8時間、週40時間と厳格に規定されている。

ただ例外的に残業をさせることが認められる場合でも高率の割増賃金の支払いをしなければならないと使用者に義務づけている。残業代を確実に支払わせることは、長時間労働、過重労働の規制を考えるうえでの最低限の大前提である。残業代すら支払われていない現状を放置していては、他のいかなる長時間労働対策も画餅にすぎなくなってしまう。

長時間労働問題を克服していくためには、改めて労働基準法の規定を再確認し、使用者に順守させていく方策を考え、実行していく局面にあるといえるだろう。働き過ぎで命を失ってしまう――こんな悲劇を二度と繰り返してはならない。

戸舘 圭之 弁護士

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とだて よしゆき / Yoshiyuki Todate
弁護士(第二東京弁護士会所属)。「ブラック企業」問題に取り組む弁護士が結集したブラック企業被害対策弁護団の副代表をつとめるなど労働事件に積極的に取り組んでいる。その他、民事事件、家事事件など一般事件を広く手掛ける傍ら著名な冤罪事件「袴田事件」の弁護人としても活動するなど刑事事件にも力を入れている。戸舘圭之法律事務所(http://www.todatelaw.jp/
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