異端の経営者、出光佐三をモデルにした人物が主人公の本書が、第10回本屋大賞の第1位に輝いた。読者の多くが「人は何のために働くのか」「働くとはどういうことか」を考え直したという。著者の百田尚樹氏に作品に込めた思いを聞いた。
社員は家族であり、会社の最高最大の財産
──主人公、国岡鐵造に感銘を受けた読者が多かったようです。
国岡鐵造、すなわち出光佐三は今の経営者たちと対極にある。大きな違いは、社員を正真正銘の家族だと考えていることだ。タイムカードなし、出勤簿なし、定年なし、は有名だが、一方で労働組合も残業手当もない。近代的な企業の概念とは懸け離れ、江戸時代のでっちかという感じもするほどだが、出光にしてみたら、経営者と労働者は対立するものではなく、共に手を携えていくものなのだ。君にこの仕事を信頼して任せているのだから、しんどかったら自分で判断して休めばいい、という考え方なのだろう。
今の経営者と決定的に違うのは、社員を会社の財産だと考えたところだ。終戦直後、重役たちがもう会社を畳むしかないと進言したときに、「何をがっかりしている。一番の財産がまだ残っているではないか」と励ました。
──還暦での再出発でした。
60歳でほとんど財産を失った男が復帰してきた全社員を鼓舞した。その力強さと勇気に頭が下がる。
戦中までの出光は海外事業がほとんどで、すべてを失った。大財閥会社が軒並みリストラを行っている中で、出光は反対を押し切って一人もクビを切らないと宣言し、実際にそれを行った。
──一番の財産?
家族だからどんなに苦しくても切れない。同時に、最高最大の財産を手放すわけにはいかない。
彼自身、新人を新しい子供が生まれたと考え、自分の睡眠時間を削っても教育した。自分の会社に入社したかぎりは、一人前の立派な男にするとして、薫陶し磨き上げた。そうなればますます財産といえよう。