等身大の鏡で自分を映し出すマスターズ 技量、感性、人生観そのものが問われる「時間」

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日本で桜が咲き始める頃になると、やっぱりソワソワする。それは、4月初旬に始まるマスターズが近づくからだ。今年招待されている藤田寛之は「4大メジャーの中でも、別格。うーん、アカデミー賞の授賞式みたいかな(笑)」と言った。

確かに、期間中は選手しか通ることのできない、オーガスタナショナルゴルフクラブの正門からのマグノリアレーンは格別だ。それは正面玄関までの、およそ300メートルの道の左右に生い茂ったマグノリアの木が、まるでトンネルのように立ち並んでいることから、そう呼ばれている。

「僕みたいな名もない選手でも、ものすごく居心地よく、心からのホスピタリティがあるんですよね。自然にスーッと溶け込めるような。あれだけ格式の高いマスターズの舞台なのに・・・。ですから、マグノリアレーンは、さしずめレッドカーペットのようです(笑)」
面白いことに、マスターズでは「戦う」「競う」という言葉は、選手たちのインタビューでもほとんど出てこない。むしろ「いいパフォーマンスをしたい」「ゲームプランをしっかりとつくりたい」という表現が多い。

「僕たちは、マスターズという舞台で、どう自分のパフォーマンスを最大限に出せるかなんですよ。演じる・・・そう、それに近いかもしれない。だから、ここでずっとプレーをしていたい、帰りたくないっていう気持ちになるのかもしれません」藤田は、かみしめるように語っていた。

オーガスタのコースが最も美しい彩りを見せてくれるのは、日曜日の遅い午後である。マスターズの最終日最終組のスタート時間は、ほぼ午後3時前後だ。フロント9を2時間でターンしても、夕方5時すぎからバック9に入る。そして、有名なアーメンコーナーにさしかかるのは、午後というよりむしろ黄昏時だ。厳かな空気すら漂う。

その美しすぎる深い緑のフェアウェーに木々の長い影が垂れ込める。優勝争いの佳境に入った選手たちだけが、まるでスポットライトを浴びるように映し出される。

「選手たちにとっての正念場が、その時間なんですよ。自分が積み重ねた技量、感性、いや人生観そのものが問われる時間だと思う。そこで勝てる選手は、あと一歩踏み込める勇気や決断、心技体というものが備わっていると思う。自分に足りなかったものは、足りないと冷酷に指摘されるしね・・・だから、いつもマスターズには、自分を映し出す等身大の鏡がある」と中嶋常幸は言った。

なぜ、マスターズは面白いのか。それは、世界から最高のパフォーマンスを持っている選手たちが、さらに精緻に正しく、順位付けされるからだと思う。僕は、1974年から取材しているけれど、一つとして凡戦といわれるゲームはなかった。いつだってマスターズは、幅広く奥深いゴルフゲームとは何か、を、教えてくれる。

三田村 昌鳳 ゴルフジャーナリスト

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みたむら しょうほう

1949年生まれ。大学卒業後、『週刊アサヒゴルフ』副編集長を経て、77年にスポーツ編集プロダクション(株)S&Aプランニングを設立。日本ゴルフ協会(JGA)オフィシャルライター、日本プロゴルフ協会(JPGA)理事。逗子・法勝寺の住職も務める。

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