関ヶ原の戦い「本当の裏切り者」は誰なのか? 教科書が教えない「小早川秀秋」以外の真犯人

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この戦国武将が「真犯人」という見方もあります…(写真:吉川広家画像、東京大学資料編纂所所蔵模写)
416年前の本日9月15日は、あの「関ヶ原の戦い」が行われた日だ(ただし旧暦)。戦いに勝利した徳川家康は、ついに幕府開設へと突き進むことになる。文字どおり、関ヶ原は「天下分け目の戦い」だった。
この戦いで、当初「勝利は間違いない」と見られていた石田三成率いる西軍は、わずか1日で敗北した。
一般的には「小早川秀秋による裏切りによって勝敗が決まった」とされているが、その裏切りを後押しした「真の裏切り者」の存在はあまり知られていない。「その戦国武将」は、いったい誰なのか。
「日本史を学び直すための最良の書」として、作家の佐藤優氏の座右の書である「伝説の学習参考書」が、全面改訂を経て『いっきに学び直す日本史 古代・中世・近世 教養編』『いっきに学び直す日本史 近代・現代 実用編』として生まれ変わり、現在、累計15万部のベストセラーになっている。
本記事では、同書の監修を担当し、東邦大学付属東邦中高等学校で長年教鞭をとってきた歴史家の山岸良二氏が、関ヶ原の戦いの「本当の裏切り者」を解説する。

関ヶ原の東軍勝利を決めた「一族」とは?

佐藤優氏が30年間、たえず読み返してきた「座右の書」であり「最高の基本書」。「伝説の学習参考書」と呼ばれる『大学への日本史』が読みやすくなって、しかも最新情報で新登場!

「関ヶ原の戦いは、小早川秀秋の裏切りによって石田三成率いる西軍が敗れ、徳川家康の東軍が勝利した」

一般の人が「関ヶ原の戦い」について知っているのは、こうした見方ではないでしょうか。

たしかに、石田三成率いる西軍が当初優勢という見方も強かったこと、また徳川家康の東軍が小早川秀秋の「裏切り」によって勝利を収めたこと、それらは紛れもない史実です。

しかし、その分水嶺となった「小早川秀秋の裏切り」を誘発した「本当の裏切り者」が存在したことは、あまり知られていません。

小早川秀秋自身、「裏切り」の決断を最後まで迷い続けていました。その小早川秀秋に「裏切り」を最終的に決断させるきっかけをつくった「ある戦国武将」がいたのです。

今回は、関ヶ原の戦いの「本当の裏切り者」について、勝敗のカギを握った「毛利一族」のエピソードを中心にお話しします。

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