日本人が知らない「自由」の意外な正体とは? 資本主義社会が抱える不都合な真実

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猪木:本書でも引用していますが、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』では、シーザーを暗殺した後にキャシアスが「Liberty, freedom, and enfranchisement!」と叫びます。この3つの単語は、日本語では皆同じ「自由」を意味しますが、じつはそれぞれ微妙にニュアンスが違う。福田恆存は「自由! 解放! 万歳!」と訳していますが、この最後のenfranchisementは宇野先生が指摘された「フランチャイズ」と近いわけですね。

宇野:そうですね。一口に「自由」と言っても、ヨーロッパの政治思想史の文脈から検討すると、実に様々なニュアンスがあります。

猪木:堀米庸三の論考「自由と保護――ラントフリーデ研究の一序論――」では、自由は単なる「無拘束や放縦」ではなく、「自由とはただ護られてのみ存在する価値であり、自由とそれを護る力は不可分の関係にある」とあります。つまり、自由と保護という一見対立しあっている概念が、実は融合していると言う。これも「フランチャイズ」的な自由の考え方ですね。

宇野:はい。ある種の条件付けや半強制的な制約の中で、人間ははじめて自由を享受できるようになった。猪木先生の本を読んでいると、ヨーロッパの人々がどのように自由という概念を構築してきたのか、追体験できてとても面白かったです。

すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなる

猪木:宇野先生は、今回の対談の冒頭で、本書を「教養論」でもあると評されましたが、その点はどうお読みくださいましたか?

宇野:大学改革における人文社会系学部の縮小・廃止の流れに抗する身からすると、「リベラルアーツ」と「教育の自由」の意義を再確認させてくれる本書は、理論武装の材料に満ち溢れていて、とてもありがたかったです。

猪木:一番の自由の砦であるべき大学が、いま本来の存在意義を見失いつつあることを、私はとても憂慮しています。

もちろん、自然科学・工学教育を重視し、人文社会系を軽視する傾向は今に始まったことではなく、イギリスやアメリカでも、十九世紀後半あたりから続いている流れです。それでもイギリスやアメリカでは、エンジニアリングやバイオロジーで稼いだ研究収入を人文系に還流させたり、あのオックスフォードもビジネススクールを設けたり、何とか人文系を守っていこうとする気概がある。ところが日本では、文部科学省自身が旗を振って人文系を潰そうとする。ともすれば堰を切ったように全体が一方向に流れてしまいかねない危機感を覚えます。

宇野:ハーバード大学などで学生の読書状況を調査すると、プラトンの『国家』をはじめ、マキアヴェリやホッブスなどが続き、トップ10のほとんどを人文書の古典が占めます。彼らはビジネスやコンピューターサイエンス、あるいは最先端の遺伝生物学をやっていたりするのですが、根っこにあるのは古典的な教養なのです。根っこが弱いまま、短期的な「成果」を求めてマーケット上の流行り廃りを追いかけても、大学が民間企業に勝てるわけがないし、比較優位を失ってしまうだけ。それは大学の自殺行為でしょう。

猪木:おっしゃる通りです。

宇野:本書の言葉を借りれば、「実利と無縁なものの中で自己を表現する自由」を大学は守らなければならない。

猪木:今は政治家も官僚も、産業界の「役に立つ人材、即戦力を育成せよ」という要請に応えようとし過ぎだと思います。すぐに役に立つものは、すぐに役に立たなくなる。もちろん実利志向の研究は必要ですが、それは民間企業や政府系の研究所でやればいい。やはり大学は、知ること自体を目的とする、何の役に立つか分からない研究を自由にできる場所でなければならない。そういう「ポケット」を持っていない社会は、非常に弱いものになると、私は直感しています。

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