時代を彩った「角川映画」とは何だったのか?

宣伝マンが振り返る40年の歴史

『時をかける少女』(主演:原田知世)。誕生から40年、「角川映画」は映画界にどんな影響を与えたのか? (C)KADOKAWA1983
1976年の『犬神家の一族』が空前の大ヒットを飛ばし、それまで低迷していた日本映画界に新風を巻き起こした「角川映画」。「読んでから見るか、見てから読むか」という名コピーを生み出した角川映画は、出版社が仕掛けた映画ムーブメントとして、大規模な書籍キャンペーンや、テレビCMの大量投入など、大規模なメディアミックスを展開。その後、薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子というスターを生み出し、さらなるパワーアップを果たした角川映画は社会現象を巻き起こし、多くの観客からの熱狂的な支持を集めた。
今年は、そんな角川映画の誕生から40周年となる。1988年の昭和終了までを一区切りとし、厳選した作品を一挙上映する「角川映画祭」が7月30日から角川シネマ新宿などで開催される。常識破りの戦略で一大ブームを巻き起こした角川映画をスクリーンで堪能できるまたとない機会だ。
そんなパワーあふれる角川映画を宣伝マンとして支えてきたのが、東映で顧問を務める遠藤茂行氏。現代の映画宣伝のエポックメーキングとなった角川映画とは何だったのか。遠藤氏に当時の話を聞いた。

角川映画の宣伝は画期的だった

この連載の過去記事はこちら

――遠藤さんと角川映画との関わりはどのような経緯で?

僕が東映に入った当初は経理部にいたのですが、角川映画の『野性の証明』(1978年)の初日の時に、劇場のアンケート係をやってくれないかと言われた。新宿・歌舞伎町にあった新宿プラザという劇場に出向いたら、ちょうど上から『野性部隊』という人たちがロープで下りてきたんです。

――『野性部隊』とは?

『野性の証明』用に結成されたチームなんですよ。自衛隊の格好をした連中が下りてくるんで、これは面白いことをやるものだなと。それとは別に『人間の証明』のテレビスポットもものすごい数を打っていましたよね。あの頃の角川映画というのは、これまで日本映画がやってこなかった、おきて破りなことを次々とやっていた。その他、全国キャンペーンや書店のプロモートを積極的にやっていて、輝いて見えましたし、面白いことをやるものだなと思っていました。

次ページ角川映画と東映との関係
関連記事
Topic Board トピックボード
人気連載
Trend Library トレンドライブラリー
  • コメント
  • facebook
0/400

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

Access Ranking
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • いいね!

※過去48時間以内の記事が対象

※過去1ヵ月以内の記事が対象

※過去1ヵ月以内の記事が対象

※過去1ヵ月以内の記事が対象

※週間いいね数のランキングです。

トレンドウォッチ
行き詰まる東電支援<br>原発最後の選択

賠償費用も廃炉費用も想定から大きく上振れし、東電支援スキームは破綻の瀬戸際。東電の発電所を売却し、その代金を賠償や廃炉費用に充て、東電を送配電会社に再編する構想が浮上。