印象派はなぜ「スーツ族」を魅了するのか ブリヂストン美術館「気ままにアートめぐり」より

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開館は60年前。ブリヂストンの創業者、石橋正二郎(1889~1976年)のコレクションが基礎になっている。

福岡県久留米市に生まれた石橋は、家業の仕立物屋を継ぎ、ゴムを使った地下足袋を開発した。そして自動車のタイヤの製造を始める。美術品を集めるようになったのは30代の終わり頃。小学校の図画の先生だった画家の坂本繁二郎のアドバイスで、同郷の青木繁らの油絵を買い始めた。

都会の喧騒の中とは思えないほど、ゆったりとした時間が流れる

戦時には大陸の工場を失ったものの、事業は何とか持ちこたえる。

戦後は今まで集めた日本の油絵のルーツを探ろうと、フランス絵画に視野を広げた。そこで石橋の心をとらえたのが、モネやルノワールなどの印象派だった。

「印象派の絵画はギリシャ神話やキリスト教の知識がなくても楽しめます。それに昼間は激しいビジネスの戦いの場に生きていたから、自宅では心の安らぎを得たかったのでしょう。そういう観点から印象派に目をつけたのだと思います」 

と、ブリヂストン美術館の貝塚健学芸課長は言う。

「ビジネス界に生きる人にこそ美術品を」

購入した作品は麻布の自邸に飾られた。

「好きなものほど飾って楽しんでいたんですね。石橋の長女で鳩山兄弟のお母さんの安子さんに伺ったら、食堂の欄間に青木繁の《海の幸》が架けられていて、毎朝、眺めながら朝食を取っていたとのことでした。

美術品には、厳しいビジネスの世界で生きる人に安らぎを与える力がある、と石橋は感じていた。今も来てくださるビジネスマンが多いのは、そのせいかもしれません」

意外なことに、石橋は日本のマーケットでフランスの絵を買っていたそうだ。占領下の日本ではヨーロッパに渡航することもままならず、日本のコレクターが戦前にフランスで買ってきた美術品が、戦後、市場に出てきたところで買い集めたのだ。 

「だから石橋が収集した印象派は、日本人のまなざしで二重のフィルターがかけられている。日本人好みの作品なんです」

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