なぜ山の温泉旅館でマグロの刺身が出るのか 旅館にとって大問題の「平日集客」がネックに

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ただし、働いている利用者側にも言い分がある。旅館のシステムは「1泊2食」が主体。「夕食時間に間に合うよう、午後6時までに到着してください」というのも旅館からよく言われるフレーズ。この要望をのむと、2日連続で休みを取る必要が出てくる。平日に有給休暇を使うにしても1日なら目立たないが、2日連続で取得となると取りにくい。そのため、宿泊旅行は週末に集中してしまう。この旅館側のシステムが変わらない限り、平日に休んで温泉旅館に宿泊するのは難しいだろう。

しかし、旅館側は1泊2食をやめると、食事抜きの客が増え、売上が減少するおそれがあるといって消極的だ。「2食」をオプションにすることで、食事付き予約に慣れない外国人や日本人の働いている層の取り込みができるはずだが、倒産しては元も子もないため旅館側の改革は進まない。

夕食なしの新業態が登場!

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草津温泉街の中心に位置する湯畑

そうした中、草津温泉に近年登場したのが「素泊まり専用旅館(簡単な朝食は無料)」だ。素泊まり旅館と聞くと安普請の旅館ではないかと想像してしまうが、そうではない。

客室は和モダンのベッドルームで、貸し切り風呂付きの部屋もある。小さいながら内湯もあり、温泉もかけ流しだ。草津温泉街の中心に位置する「湯畑」のそばに建つ「湯畑草庵(ゆばたけそうあん)」や「佳乃や(よしのや)」がそうした宿。料金も1万円程度と、2食付きに比べても安い。運営は、前者が草津温泉の老舗旅館「奈良屋」、後者は四万温泉のデザイナーズ旅館「佳元」によるもので、サービス水準も確かだ。

佳元の田村社長に聞くと「当初は若い学生や外国人を想定した」そうだが、実際に来ているのは、日本人の働いている層。「夕食を食べなくて済む」ため、遅いチェックインも可能で便利だ。都内から行けば、草津温泉なら仕事を終業後に出ても夜には着く。翌日1日だけ休みを取れば、温泉を満喫できる。また、シニアの中にも「量の多い旅館の料理を避けることができるうえ、好きなものを食べられる」と歓迎する声が聞かれる。

開業当初は、こうした新しいカテゴリーが知られていないため、集客に苦労したそうだが、今では平日の予約を取るのが難しくなるくらい繁盛している。旅館業態が少しずつ、「山でもマグロを食べなくて済む時代」に動き始めた。

井門 隆夫 高崎経済大学准教授

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いかど たかお

高崎経済大学地域政策学部観光政策学科准教授。観光イノベーションが専門。㈱井門観光研究所代表取締役として、地域や旅館業の活性化や再生を手掛けてきた。日本各地の観光地の人脈が広い。

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