(第5回)<金哲彦さん・前編>自分で考え、歩んできた人生に後悔はない

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(第5回)<金哲彦さん・前編>自分で考え、歩んできた人生に後悔はない

マラソン・駅伝解説者としておなじみの金哲彦さん。早稲田大学在学中の箱根駅伝では、四年連続5区の過酷な山登りを任され、区間賞を二回獲得。現役引退後も、マラソン普及活動に務める。そんな金さんが、陸上競技を本格的に始めたのは中学一年生のときから。期待の新人として陸上部に入るが、授業中騒いで一ヶ月の謹慎を命ぜられた。この経験によって、陸上選手としてあるべき姿は何かということに気づいたそう。
 スポーツを極めるために大切なのは「考える力」。試行錯誤しながらも、自分で考え、進んできた道に後悔はないと学生時代を振り返ってくれました。

●喧嘩は、相手が泣けば終わり

 私の子ども時代といえば、今のようにゲームもなく、学校へ行って帰ってきたらランドセルをそのまま放り出して、近所の友達と走り回って遊んでいました。テレビも見ていましたが、テレビを見る時間よりもずっと遊んでいる時間のほうが長かった。
 学校ではよく喧嘩をしていました。男の子は、勉強の成績ではなく、最終的には腕力です。相手が泣くまで喧嘩をする。でも、これはいじめではないから先生も何も言わない。今の小学生はわかりませんが、僕らの頃は、武器も使わないし、傷つけない。喧嘩といっても相手が泣くまで。どちらかが泣けば終わりですからね。

 喧嘩といえば、思い出があります。たった一度だけ負けてしまったことがあり、ボコボコになって顔が腫れてしまった。それまでは負けたことがなかったからそういう顔をして帰ったこともなかった。だから、家に帰ると父親に「どうした?」と聞かれ、「喧嘩して負けた」と、話しているうちにだんだん悔しくなってきて親の前で泣いてしまったのです。そしたら、「泣くな、男が泣くもんじゃない」と、何を思ったか父から、「これでやってこい!」って木刀を渡されました(笑)。そして5つ上の兄貴に、「最後まで見届けてこい」と。木刀を持った自分と、その後ろに身長175cmくらいある兄貴はいるしで、何もしなかったのですが、相手の家につくと、自分たちを見るなり向こうは謝ってきましたね(笑)。

●「巨人の星」を地でいく、自主トレ

 小学生の頃は、そんな風に喧嘩ばかりしていて、日が暮れるまで遊んでいました。家も学校から遠く、鬼ごっこをするにしても、このブロックからこのブロックまでと街中を走り回っていましたから、みな足が速くなっていましたね。
 小学六年生の時に校内マラソンで一位になりました。学校対抗のマラソン大会に出場するということで、友達と一緒に練習するのですが、どんな練習をすればいいかわからない。今のようにインターネットもなければ、本もそれほどない。漫画「巨人の星」でやっていたトレーニングを思い出し、体にロープを巻き付けてタイヤを結び、その上に人がのって走る……という、あれをやっていましたね(笑)。

 今はしっかりした練習プログラムがあるけど、僕らの頃といえば、自然に生活環境のなかで鍛えられていた。
 昔と今とでは練習方法も違う。昔のほうが、根性はありましたよね。水を飲んじゃいけないとか、非科学的でもありました。ただ、練習量でいえば、今の中学生の方が多いのではないでしょうか。それは陸上競技全般についていえますが、どんどんタイムが伸びている。だから、タイムを伸ばすためにはどうしたらよいかと考え、もっとレベルの高い練習をしようということで、昔は実業団がやっていた練習を今は大学生がやり、大学生がやっていた練習を高校生がやり、高校生がやっていた練習を中学生、中学生がやっていた練習を小学生がやっている。昔は、小学生の全国大会などなかったので、小学生がトレーニングをするなんてあり得なかった。今は小学生の全国大会ができたので、小学生でもトレーニングをしています。

●一ヶ月の謹慎生活で「陸上選手」として目覚める

 中学校に入ってからは生活の中心がスポーツ、陸上になりました。入学式の日に顧問の先生が声をかけてきて、「明日から練習だから」ということで、意志も何もなく、翌日から練習をしていました。
 入ってすぐに本格的なトレーニングを始め、先生の指導もすごくよかったから、早々に北九州市の大会で優勝してしまったのです。それで鼻高々になっていましたね。それに加え、もともと喧嘩早くて、友達には不良っぽい者が多く、よく遊んでいたのですが、あるとき、授業中に後ろの席で騒いでいたら、その後陸上部の先生に呼ばれ、「お前は明日から練習に来なくていい」と言われました。
 当時の自分は、選手としては相当強いわけで、先生としてもこの選手を育てて大会で優勝させたいと思っていたはずです。しかし、こいつはこのままじゃ、足は速いけど駄目になると思ったのでしょうね。
 そのとき、自分の中で「走る」ということがものすごく大きなことになっていたので、自分の存在の中心であるものを「やるな」と言われ、たいへんなショックでした。それでも、先生のいうことは絶対だから練習には行けない。授業が終わったら練習して、一生懸命体を鍛えて、家に帰るとくたくたで寝てしまうという生活をしていたのに、授業が終わったらすぐに家に帰らなくちゃいけない。何をしていいかわからない。仕方がないから、5kmか10kmくらいを中学一年生なりにいろいろ考えながら走っていました。そしたら、足を故障してしまったんですね。
 そして一ヶ月が経過し、足も痛め、練習もできずにボロボロだったのですが、謹慎が解かれ許されたのです。足が痛くて練習はできないけど、とりあえず明日からきていいと。
 この体験は非常に大きかった。中学一年でものすごく鼻高々になっていたときに、最初からつきつけられたというか。先生は何も言わず、ただ、「来なくていい」と。今考えると、それは先生のひとつの教育のスタイルだったのかな、と思うのです。
「お前は強い選手なんだ。強い選手というのは、周りの人の模範にならなければいけない。その自覚をしっかり持って行動しなさい。お前は周りから見られている」と先生は言いたかったのではないかと思いました。自分の行動に気をつけろということを、自分が一番大事にしているものをストップされたことによって気づかされたのです。

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