(第19回)人の死の扱われ方・その3

山崎光夫

 どこの世界にも名人はいるものだが、検死官にも“検死の神様”といわれた名人がいる。警視庁・鑑識課に所属していた芹沢常行氏がその人である。“スッポンの芹さん”と異名をとった。
 この人の生涯を描けばまさに一大ドラマができる。
 わたしは幸運にも晩年の芹沢氏に出会い多くの検死の体験談を聞き、同時に、膨大な未整理の資料をいただいた。その芹沢氏は惜しくも2005年11月に90歳で亡くなった。

 検死官の仕事は不自然死--いわゆる変死体の検分である。変死体が発見されると現場に急行し、死体を徹底的に視て、自殺か他殺、あるいは事故死、病死なのかどうかを判断する。首吊り死体、腐乱死体、水死体、白骨死体、焼死体、轢死体など凄惨な現場が待っている。
 そして、検死官によって事件性が疑われると判断された死体はただちに医学部の法医学教室に搬送されて解剖に付され、死因が追究される。

 芹沢氏は警視庁に勤務したあいだに3000の変死体を検分した。空前絶後の数字である。
 60年安保闘争の騒乱中に死亡した樺美智子(かんばみちこ)さん、昭和35年に誘拐され殺害された雅樹ちゃん、警視庁指定108号連続ピストル犯によるガードマン殺しなどを検死した。さらに力道山と浅沼稲次郎の解剖にも立会っている。
 芹沢氏は昭和史に残る歴史的事件をほとんど検死した前代未聞のお人である。

 芹沢氏が“スッポンの芹さん”と異名をとるのはその徹底した死因追究の態度である。納得が行くまで検証する。
 ふつう検死担当の警察官は死体解剖に立会うのが原則だが、おおかたは室外で待つか、立会っても解剖室の隅で恐々(こわごわ)控えているものである。
 しかし、芹沢氏は必ず解剖室に入り、解剖の一部始終を見る。そして克明にメモをとる。
 メスを執るのは法医学教室の教授であるが、おざなりの解剖をしていると、
 「そこのところもう少しメスで開いて見せてください」
と注文を出したりもする。まるで食いついたら離れないスッポンを思わせる。

 たとえば、包丁で刺殺されたとき、どのような角度で体に刺さったかは判断が難しいという。綿密な解剖でそれが解明されれば、死の現場が再現できる。
 芹沢氏に言わせれば、
 「検死官の仕事は亡くなった方を成仏させることです。死因がはっきりしないと成仏できません」
 わたしは芹沢氏を医者ではないが医者以上の“死の名医”ではないかと思っている。

 芹沢氏が解剖に立会った人物の一人、力道山は、当時、誰もが知っているプロレス界のスーパースターだった。昭和38年に東京・港区のキャバレーで喧嘩に巻き込まれて腹部をナイフで刺され、搬送先の病院で死亡した。
 芹沢氏はその頭蓋骨の特徴におどろいたという。
 「頭蓋骨は場所によって厚さに差異があるものですが、彼の場合は薄い部分がとりわけ薄いのです。激しい格闘技に生きてきた人なのに、よくこれで大丈夫だったなと感心しました」

 社会党の党首で、人間機関車といわれた浅沼稲次郎は演説中に刺殺された。芹沢氏は  この解剖にも立会っている。相撲で鍛えた巨体を死に至らしめた左胸部2個所の傷を熱心に観察した。
 特異な死が芹沢氏をして歴史を“検死”させるのである。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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