フランスは「直感」の育て方が日本と全く違う その音楽教育に見る感覚と理論の構築法

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200年以上続いたシステムを根底から変えるきっかけとなり、この後に続く世代からは、調性のない音楽が生み出されていった。自らが欲する表現を追求していった結果、伝統的な枠組みを超えざるを得なかったのである。

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ドビュッシーは日本を含むアジア文化にも強い関心を持ち、そのアイディアや響きを自らの楽曲に取り入れることもしていた(交響詩『海』初版譜の表紙は、葛飾北斎の浮世絵である)。同時代の印象派画家と同じく、当時は揶揄や批判の対象にもなったが、ドビュッシーは自著で次のように述べている。

「非常に美しい構想というものは、かたちづくられつつある過程では、ばかものたちにとって滑稽に見える部分をふくんでいるのです・・・独自なままでいることです」(『反好事家八分音符氏』より)

伝統を完璧に身につけながら、自分自身の直感に正直だったドビュッシーは、自ら想像した世界に新しい光を見出した。

また少し後には、オリヴィエ・メシアン(1908〜1992)という作曲家がいる。前述のパリ国立高等音楽院でアナリーゼクラスを始めた人でもあり、親日家でもあった。メシアンは第二次大戦中にドイツ軍捕虜となった際、収容所で曲を書き上げ、多くの同胞の前で演奏した(『世の終わりのための四重奏曲』)。

直感を信じることは未来を想像すること

捕虜から解放された後は、ドイツ占領下のフランスにおいて、ナチスのラジオ局に対抗する形で始まったフランス国営放送からの委嘱により、キリスト降誕の物語に添えるピアノ曲を書いた(『幼子イエスに注ぐ20の眼差し』)。メシアンはどのような状況にあっても、希望の光を音楽に託していたのである。彼にとっての直感は屈しない心の象徴ともいえるだろう。その光はたしかに受け継がれ、戦後フランスは文化大国として再び花開いた。

直感とは、喜びや感動でもあり、驚きや疑問でもあり、気づきでもあり、信念でもある。だから直感を信じることは、今の自分を信じて、その先にある未来を想像することでもある。それを言語や音楽などを通じて外に表明することがフランスの教えであり、その積み重ねが時代を創ってきた。先が見えない時代は、先を創っていける時代でもある。その原動力となる想像力は私たち日本人もきっと育めるはずだ。

菅野 恵理子 音楽ジャーナリスト

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すがの えりこ / Eriko Sugano

音楽ジャーナリストとして世界を巡り、国際コンクール、音楽祭、海外音楽教育などの取材・調査研究を手がける。上智大学外国語学部卒業。在学中に英ランカスター大学へ交換留学し、社会学を学ぶ。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会勤務を経て独立。著書にインタビュー集『生徒を伸ばす! ピアノ教材大研究』(ヤマハミュージックメディア)、『ハーバード大学は音楽で人を育てる』(アルテスパブリッシング)がある。

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