(第14回)わたしの万能液・その2

山崎光夫


 わたしは食卓に常に酢を置いて万能液として愛用している。その酢は酒粕(さけかす)100%の醸造酢である。
 この醸造酢は、昭和五十年代ころまでは、かなり出回っていたものの最近では"絶滅"してまず見かけない。わが家でも子どものころから愛用していて、わたしには懐かしい家庭の味である。

 酒粕は酒を絞ったあとの、いわば廃品だから、米で造る米酢よりかなり安く製造できた。ところが、現在では酒屋が酒粕を甘酒にしたり酒粕として売って収益があがるようになって、酒粕を放出しなくなった。このため酢屋は酒粕自体を入手できなくなった。最近では、酒粕に変えて、仕方なしに大麦エキスを材料に使い出しているという。

 また、この酒粕酢は酒粕を瓶に入れて三年間置いてから造る。長期間寝かせて熟成させるのである。その昔、原料は安く調達できたが、三年寝かせるから、どうしても手間ひまはかかった。それでも昔の酢屋は酒粕酢を造ったのである。
 だが、酒粕酢をとりまく環境は一変した。原料の入手が困難になった上、三年寝かせという煩わしさに、どこの酢屋も酒粕酢を造らなくなった。

 かくして、この日本列島から酒粕酢は消えてなくなってしまった……かと思いきや、どっこい、奇特な酢屋がまだほんの数軒あって製造しているという。その一軒、「子寶(こだから)酢」という福岡の酒粕酢を偶然知った。今どき珍しい、律儀で悠長な酢造りに敬意を表し、こればかりは取り寄せている。

 酒粕酢には工場の大量生産の酢にはない、奥深い酸味とほのかな甘味があって、わたしは食卓万能液として愛用している。酢専用の瓶を常に食卓に置いている。 
   まず、焼き魚にレモンやカボスかわりに使う。しらす大根おろしにかける。よくかきまぜた納豆にさらに酢を加えてかきまぜて食べる。冷や奴には酢醤油がよい。
 また、茶碗によそった炊きたてご飯に酢をたらしてかきまぜる。この即席酢めしに梅干しや佃煮をのせて海苔で巻いて食する。
 醤油や砂糖代わりに万能液として使うのが基本である。

 醤油(つまり塩分)と甘さ(つまり糖分)を食卓上で極力減らせるのである。酢を上手に使えば、高血圧、動脈硬化の人や糖尿病が心配な人には強い味方になるのだ。
 絶品なのが、“焼酎たらし”。焼酎のお湯割りやロックに 醸造酢をわずかに加えるとコクのある旨味が出る。飲んだ日の最後のシメは“焼酎たらし”と決めている。

 また、外出時の水分として、ペットボトルにいれた水に酢を少量加える。この酢水はサッパリ感があって、のどの渇きを癒してくれる。
 さらに、酒を飲みすぎた日などは、少し濃いめの酢水を飲んで眠ると、翌日の目覚めはさわやかなので助かる。
 どんな料理にもマヨネーズをかけて食べる人をマヨラーというらしい。するとわたしはさしずめ、酢をかけるスラーになりそうだ。スラットするからいい、などとおやじギャグ的に酒粕酢を今日も愛用している。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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