「愛社精神」という、日本独自の不毛な発想 半沢直樹の苦悩は欧米人には理解できない

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近年大ヒットしたドラマ『半沢直樹』もそうだ。筆者も大好きなこの作品では、主人公やその仲間が会社の不正と戦い、窮地に立たされるのだが、どんなに最悪の場合でもその銀行のどこかの部署、あるいは関連企業に在籍することは認められている。つまり、どこまでいっても共同体の中の話なのだ。

こうしたドラマでは、その共同体の枠から飛び出すかどうかで主人公が悩むわけだが、それがドラマチックな話として成立するのは日本だけだろう。なぜなら、海外ではみんなしょっちゅう会社を変わるからだ。特にエリートほど会社を移るから、なぜ優秀な半沢直樹がそこまで会社のために戦い、苦悩するのか理解されないだろう。

こうした日本人独特の共同体意識が、時には「愛社精神」と称されることもある。しかし、愛社精神が強い人が多くいる会社ほど、「東芝型」の不正を起こしやすいとも言えるだろう。

筆者はかねがね、愛社精神というものに疑問を抱いている。一緒に汗を流した「仲間」を愛するのはいい。自分の「仕事」や携わる「事業」に誇りを持つこともいい。しかし、「会社」を愛するとはどういうことなのだろうか。東芝という「会社」は、見ることも触ることもできない抽象的なものであり、多くの人が会社と聞いてイメージするのは、単なる本社の建物である。それは建築物であり、会社ではない。

会社とは何か。事業という目的のためにつくられた、法律的なフィクションである。愛したり、社会規範に背いてまで守るものではない。

会社のために事業があるのではない

日本はたまたま景気のいい時代が長く続いたため、会社というものが、社員の生活をゆりかごから墓場まで保証してくれる存在のように思われてきた。しかしそれは本来、国のやるべきことである。

ところが今の日本では、会社がいつの間にか、それを自己目的にしてしまっている。本来なら会社は事業を行うための器であり、競争力のある事業を行うことで結果的に、会社はそこで働いている人たちに給料を払えるのだ。その因果関係がひっくり返ってしまい、「社員の人生を保証するために会社がある」「会社を存続させるために事業がある」というように誤解されていることがある。

こうなると会社は、「事業をするために人を雇う」のではなく「人を養うために事業をする」ことになる。たとえそれが、収益を生まなくなった事業であってもだ。不採算事業であってもリストラをしない会社は、ともすると人間を大事にする経営をしていると好意的に受け止められることがある。

果たしてそうであろうか。残念ながら世の中は、会社(共同体)の論理よりも、事業の論理で動く。そして、事業の論理は冷徹である。事業の論理ですでに結論が出ていることを、会社の論理で覆すことは不可能なのだ。

筆者は、日本の共同体を全否定するわけではない。事業の運営は、共同体の論理で進めてもかまわないと考える。その代わり、会社は事業という単位を超えて共同体を保証するものではないと、はっきりさせるべきだと考えている。会社というものはあくまでも、リスクのある事業を長期的に経営するために作り上げた法的なフィクションなのだから。

経営者も社員ひとりひとりも、この原点に立ち返り、共同体の単位を「会社」ではなく「事業」単位で捉えることが、今求められているのではないだろうか。

(構成:長山 清子)

冨山 和彦 経営共創基盤(IGPI)グループ会長

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とやま かずひこ / Kazuhiko Toyama

経営共創基盤(IGPI)グループ会長。1960年東京都生まれ。東京大学法学部卒業、スタンフォード大学MBA、司法試験合格。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年に産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。2007 年の解散後、IGPIを設立。2020年10月より現職。共著に『2025年日本経済再生戦略』などがある。

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