(第7回)幹細胞、再生医療の最先端をいく血液学(前編)

渡辺すみ子

 私が師事した新井賢一先生は、博士課程の研究の指導者であり、かつその後の研究生活のボスでもある。先生は、医学部出身ながら、アメリカに留学後大腸菌の細胞増殖という素人目には医学にはなかなか結びつきそうにない基礎的な研究を行った研究者である。彼は医学に興味がないのではなく、細胞の増殖と分化の機構を解明したい、そして細胞の増殖分化を人為的に自由に制御することにより、臓器の移植や再生に結びつけたい、という目標をもっていた。
分化:発生段階などでまだ特殊な機能(分泌、電気シグナルの伝達など)をもたない細胞が、より成熟した機能的な細胞に変化すること
 30年前にその目標を実現するのにどのような研究材料がよいのかつきつめていったら大腸菌にたどりついたという。細胞が増殖と分化という運命の選択をする機構を解析するのにより単純な系で、しかも細胞増殖への運命のキューとなる染色体複製の起点が明らかであったことから最適だと考えた。
 大腸菌で多数の成果をあげたのち新井先生は血液・免疫の研究へと発展させ、アメリカ留学中の指導者であるアーサー・コーンバーグ博士らとともにDNAXという名前の研究所を立ち上げた。DNAXとは、当時最先端のDNA研究に無限の可能性を期待させる気持ちを「X」に込めて「DNA」につなげて作った造語であるが、その名のとおりDNAX研究所は優れたDNA操作技術を駆使して免疫、血液研究に大きな成果をあげた。

 私は、新井先生がDNAXと東大医科学研究所を拠点に血液細胞の増殖を制御するサイトカインという一種のホルモンのようなたんぱく質の研究を精力的におこなっている時に、大学院生として研究グループに加わった。学生時代に世界最先端の血液・免疫の分子基盤の研究をおこなうグループに所属することができたのは、その後の私の研究にとって極めて幸運であったと考えている。なぜなら、血液学は幹細胞の概念を提唱し、それを証明したという先駆的学問領域である。
幹細胞:様々な形態や機能を持つ細胞に分化することができ、同時に、自分とまったく同じ性質の細胞に分裂することができる、未分化な細胞のことをいう。
 また、骨髄移植は幹細胞からの血液再生に他ならない。私はこの先達の軌を知り、応用していくことで他の臓器の幹細胞の実態を決定し、再生への道が拓かれると考えている。

 なお、アーサー・コンバーグ博士はDNAが作られる過程に必須である酵素(生体内での化学反応を触媒するたんぱく質)の研究により1959年にノーベル医学生理学賞を、息子のロジャー・コンバーグ博士はRNAについての生体内での合成作用を持つ酵素の構造解析で2006年にノーベル化学賞を受賞している。今回はDNA、RNA合成などのメカニズムには言及しないが、あらゆる生命現象の根底にあるこれらの細胞内基本メカニズムの原理が再生医療にとっても重要であることは言うまでもない。

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