(第7回)幹細胞、再生医療の最先端をいく血液学(前編)

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●血液学と幹細胞

 成熟した末梢の血液細胞は赤血球、白血球に大別されるが、白血球は約10種類の細胞から構成されている。これらのすべての血液細胞は骨髄にある血液(造血)幹細胞に由来し、分化と増殖を繰り返して産生される。分化の過程は下図に示すように何ヶ所も分岐点があると想像される。

 10種類以上の血液細胞はそれぞれ一定の数を維持し、外敵が侵入すると外敵との戦いに必要な細胞のみが必要な場所で急激に細胞数を増やし、戦いが終わったならばただちに消えていく。このようなダイナミズムをもち、かつ正確な制御の存在が想像される血液は、細胞の増殖、分化の研究者にとって極めて魅力的でかつ実用的な研究対象である。このことは、病院で血液検査をすると白血球の数などが算出され、この数値によって体の中の状況を判断することで身近に理解されると思う。

図7-1:血液細胞分化の図

血液幹細胞が存在していることを直接示唆する有名な実験は、1961年にTillとMaCullochという二人の研究者によって行なわれた。彼らは、放射線照射して血液細胞をすっかりなくしてしまったマウスに、別のマウスの骨髄細胞を移植したところ、脾臓に血液のコロニー(細胞のかたまり)ができたところから、移植した骨髄細胞に血液の幹細胞が含まれておりそれが細胞の塊をつくったと予想した。ここから血液幹細胞が概念としてはじまったとされる。

 なぜ血液学は幹細胞学、臓器移植の先駆的な領域となったのだろうか?なぜ新井先生は血液細胞を哺乳類の細胞増殖・分化の研究の対象として選んだのだろうか?私が学生時代この質問を先生に尋ねたところ、それは血液細胞がばらばらで扱いやすいからだよ、という答えがかえってきた。つまり、他の組織と異なり、ひとつひとつの細胞がふえたり、形が変わったりという変化について観察することが容易にできるということだ。このことが、次回お話するように、概念であった血液幹細胞が現実に骨髄の中に存在しているという証明に至ることになった。
渡辺すみ子(わたなべ・すみこ)
慶応義塾大学出身。
東京大学医学系研究科で修士、続いて東大医科学研究所新井賢一教授の下で学位取得(1995年)後、新井研究室、米国Palo AltoのDNAX研究所を拠点に血液細胞の増殖分化のシグナル伝達研究に従事。
2000年より神戸再生発生センターとの共同研究プロジェクトを医科学研究所内に立ち上げ網膜発生再生研究をスタート。2001年より新井賢一研究室助教授、2005年より現在の再生基礎医科学寄付研究部門を開始、教授。
本寄付研究部門は医療・研究関連機器メーカーであるトミー、オリエンタル技研に加え、ソフトバンクインベストメント(現SBIホールディングス)が出資。
東大医科研新井賢一前所長(東大名誉教授)、各国研究者と共にアジア・オセアニア地区の分子生物学ネットワークの活動をEMBO(欧州分子生物学機構)の支援をうけて推進。特にアジア地域でのシンポジウムの開催を担当。本年度はカトマンズ(ネパール)で開催の予定。
渡辺すみ子研究室のサイトはこちら
渡辺 すみ子

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