熊谷社長は自ら創業した企業を大きなグループに育て上げた実績を持つカリスマ経営者である。創業者として強い理念を掲げ、自分の言葉で社員や関係者に夢を語り、組織を引っ張ってきた人物なのだろう。
そのような経営者にとって、自分の信念や情熱を語ることは、重要なコミュニケーションの手段である。社内の会議や講演会であれば、抽象的な理念を熱く語ることが社員の士気を高める効果を持つ場合もある。多少話が脱線しても、その人の熱意や人間的魅力として受け止めてもらえることもあるだろう。
しかし、謝罪会見は講演会ではない。そこにいる記者たちは社長の言葉に感動するために集まっているわけではない。社長が自分の信念を熱く語っても、それが質問に対する回答になっていなければ、説明責任を果たしていないように見えてしまう。
カリスマ経営者が陥った落とし穴
今回の問題では、グループ内の専門家が指摘していた脆弱性への対応が不十分だったことに加え、その情報が熊谷社長に報告されていなかったことも明らかになっている。これは単に個々の担当者の判断ミスというだけでなく、巨大な企業グループの内部で重要な情報を適切に共有し、リスクを管理する仕組みが十分に機能していなかった可能性を示している。カリスマ経営者が強い信念を持っていても、それだけで組織の問題を解決できるわけではない。
熊谷社長は自分がインターネットに捧げてきた人生について熱く語った。しかし、被害者や視聴者が本当に知りたかったのは、その人生を捧げて築き上げた企業が、なぜ顧客を守ることができなかったのかということだった。熊谷社長がどれほど自分の誠実さを訴えても、相手が求めていることに向き合わなければ、その言葉はかえって不信感を深めるだけなのだ。


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