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「すれ違い困難な"豪雪秘湯"」 29歳で楽天チアに転身した彼女はなぜ「無期限休業の名湯」の再生に名乗りを上げたのか

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紅葉と夏油温泉観光ホテル
元・楽天チアリーダーの女将はなぜ温泉の再生に名乗りを上げたのか?(写真:GETO Village提供)
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シルバーウィーク終盤のこの日。夏油温泉観光ホテルは前日までの混雑が一段落し、連泊の湯治客がのんびりとくつろいでいた。外観は、毎年の豪雪に耐えてきたことをしのばせる年季が入った佇まい。ホテルという名前だが、始まりは湯治客向けの自炊棟だというのも納得の懐かしい雰囲気だ。

湯治宿からスタートしたという夏油温泉観光ホテル(写真:筆者撮影)

女将の村岡さんの出迎えを受け、フロントでチェックインを済ませる。すぐ横のロビーの一角をリフォームしていたのは共同経営者の木村さん。普段は、NEXCO東日本人事部の人材育成課長として都内の本社で働いているが、書き入れ時の大型連休とあって家族とともに泊まり込み、宿を切り盛りしていた。

「女将塾」での研修や修業を経て、女将として秘湯を切り盛りする村岡葉子さん(写真:筆者撮影)

「先代のオーナーによると、このホテルの経営主体は何度も移り変わっていて、私たちで4代目のようです」と村岡さん。当初は地元主体で経営されていたが、その後、経営権は仙台や岩手県内の企業を転々としていたという。そんなホテルをいったいなぜ、この2人が担うことになったのだろうか。

海外研修きっかけに、楽天チアリーダーに転身

埼玉県出身の村岡さんは、もともと岩手県や東北地方とは何の接点もなかった。立教大学卒業後、電気メーカーで法人営業を担当していたが、転機は入社5年目に訪れた。「グローバルに活躍するリーダーを育成する」という目的で会社が実施していたカンボジアでの研修に参加し、貧困にあえぐ若者を職人として育成し自立を支援する現地のNGOで3カ月間、働いた。

「現地で自分の思いに正直に生きる人たちと出会い、自分も好きなことをやっていいんだと気づいたんです。突然、世界が広がったような感じがしました」

帰国後、元の職場に戻ったものの、「好きなことをやってみたい」という気持ちが抑えられなくなったという村岡さん。昔から憧れていたプロ野球のチアリーダーの募集を調べ、東北楽天ゴールデンイーグルスのオーディションに応募し、見事合格。29歳という遅咲きのチアリーダーとして、新たな道を歩み始めた。

29歳という遅咲きのチアリーダーとして、新たな道を歩み始めた頃の村岡さん(写真:©Rakuten Eagles )

チアリーダー兼球団職員として3年間、東北各地を回り、東北の人たちの温かさや自然の美しさに惹かれていったという。「それまで生きてきた都会の競争社会とはまったく違う東北人の穏やかさや優しさに触れて、東北で生きていきたいと思うようになりました」。そう振り返る。

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