それでも翌朝、試験会場に向かった。
「でも、家庭の事情って、言い訳にはならないんですよ。どんな状態でも、受験は点数でしか評価されない」
一晩たって、少し気持ちが落ち着いた。もし本当にそうだったとしても、今は目の前の受験に向き合おう。そう思えた。2日間、全力で問題を解いた。「落ちても後悔がないくらい、できることは全部やりました」。
会場では、不思議と集中できた。ほかのことを考えても意味がなかったからだ。ただ、休み時間に手が空くと、「受からなきゃ」ということばかり考えていた。解答用紙を回収するとき、隣の答案がびっしり埋まっているのが見えて少し焦った。1日目の夜も心臓の音がうるさくて眠れず、2日目はほぼ徹夜の状態で試験を受けた。
手応えについて、周りには「半々」と話していた。だが自分の中では、8割がた受かっているだろうと思っていた。
合格発表の直前「父は警察のお世話になっている」と知る
試験が終わっても、父のことは聞けなかった。後期日程で千葉大に出願していたので、その勉強もしなければならない。何より、母の悲しそうな顔を見ると、聞くに聞けなかった。
後期試験の対策をしていたある日、母が打ち明けてくれた。父は、ある事情で警察のお世話になっている、と。
「本当に、いろんな感情に包まれました。うちがそこまで金銭的に追い詰められているとは思っていなかったので。そのとき思ったのは、もし落ちていたら、自分はどうなっていたかわからない、ということです」
試験はもう終わっている。自分にできることは何もない。
3月10日、合格発表。回線が混み合ってなかなか見られなかったので、先に合格者の最低点を確認した。自己採点は、それを明らかに上回っていた。そこへ、受験番号を知っている姉から「受験番号○番だよね? もしかして受かってる?」と連絡が来る。少しネタバレされた気分だったという。番号を見ると、あった。家で一人、「しゃあ!」と叫んだ。
「嬉しさと安心が、どっと来ました。母も手を合わせて、僕に抱きついて『よかったね』と言ってくれた。父がよくないことをしてしまったけれど、家族に少しでも希望を持たせられてよかった、と思いました」
合格したので、後期試験は受けなくてよくなった。実は後期試験の日、母は父と面会する予定だったらしい。その3月12日に、初めて涙が出た。
受かった嬉しさ。「何してんねん」という父への怒り。そんな状況に置かれた母への哀れみ。いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った。「正直、今でもまだ整理できていません」。


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