共通テスト当日は、あまり緊張していなかった。会場は近くの高校で、同じ高校の仲間も多く、中学時代の友人にも会えた。ところが、隣の受験生の貧乏ゆすりがひどく、試験官に二度注意してもらう事態になる。そのせいで英語に集中できず、その夜は眠れなかった。
引きずるのはよくないと考え、自己採点をした。英語は大失敗というほどではなかった。それで気持ちを切り替えられた。2022年の共通テストは、数学が特に難しい年だった。会場はお通夜のような空気で、「難しかったよね」と話せる雰囲気でもなかった。小鹿野さんも難しいとは感じたが、大きく点を落としたわけではなかった。差がつくならむしろ好都合だと、少し嬉しかったという。
「780点取れたら絶対に東大を受けよう」と決めていた。結果は765点。リサーチの判定はCだった。
私立には行けない。東大に落ちて後期試験に回れば、大学のランクは大きく下がる。「本当に東大を受けていいのか、東北大にしたほうがいいんじゃないか」。出願を前に、激しく迷った。
そのときの二者面談で、担任の先生は開口一番こう言った。
「じゃあ東大で、どういう戦略で受かるかを考えよう」
先生は、受けることを前提に、もうその先の話をしていた。家族も含め、小鹿野さんが東大に受かると思っている人は誰もいなかった。けれどこの先生だけは、最後の最後まで信じてくれた。出願のときも背中を押してくれた。
「本当に、涙が出そうになりました」
そこからは過去問を解き続けた。国語は20〜25年分を2周。数学はすべて解き、駿台と河合塾の模試の過去問もすべてこなした。英語も2周。かなり自信を持って本番を迎えられたという。
受験前日、父が消えた
試験の前日、地元から東京へ移動した。父と母と3人でゆっくり過ごし、万全の状態で本番に臨むはずだった。
その日に、父がいなくなった。
「何が起きたのかわからなかったんですが、母がすごくつらそうな顔で、『お父さんは仕事に行ったんだよ』と言いました。でも、十何年見てきて、父が仕事で外に出なければいけないことなんて一度もなかった。嘘だというのは、すぐにわかりました」
母はずっと泣きそうな顔をしていた。勉強など手につくはずがない。その夜は一睡もできなかった。心臓の音がずっと聞こえ、何を考えればいいのかもわからない。母が、自分に受験以外の心配をさせまいと気を遣っているのがはっきりわかり、それがかえってつらかった。
そのとき小鹿野さんが行き着いたのは、「父は亡くなってしまったんじゃないか」という考えだった。自分のために、母はあえて言わないでいるのだろう、と。


※ログイン後、コメント入力が可能です。