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ライフ #神童だったあの子の今

「将棋で全国ベスト16」「数学偏差値81」虐待されていた"ギフテッド"…父親に翻弄され続けた壮絶な子供時代

15分で読める
小鹿野さん
(写真:小鹿野さん提供)
  • 新倉 和花 東京大学法学部卒・麻雀プロ
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小3から始めた将棋についても、小鹿野さんは「やっていた」ではなく「やらされていた」と言い切る。それでも実力は本物で、全国でベスト16に入るほどだった。ただ、下手な手を指すと、とにかく怒られる。いちばんひどいときは18時間ほど正座をさせられた。大会の成績が悪かったり、練習で気の抜けた手を指したりすると、学校を休まされた。そしてその局面の盤の前に座らされ、ずっと考えさせられた。

父親はいつも家にいる。だから逃げ場がなかった。小学校時代は、ほとんど将棋だけの生活。将棋の本も大量に読まされた。今振り返ると、父親は息子をプロ棋士にしたかったようだ。「僕自身は、小2くらいからもう将棋をやりたくなかったんですけど」と本人は言う。

父親は息子をプロ棋士にしたかったようだ(写真:小鹿野さん提供)

そんな日々の救いが、漫画『ヒカルの碁』だった。特にプロ編が好きで、今でも読み返すという。実力があるのに本番で力を出せず、なかなかプロになれない伊角というキャラクターに、自分を重ねた。将棋の世界にも、実際にそういう人がいる。プロになれないことのほうが現実なのだと、肌で感じていた。

将棋で全国ベスト16でも「プロにはなれない」

全国ベスト16でも、それで食べていけるわけではない。プロになれるのは年に4人だけだ。「本当に一握りの人には勝てないんですよね。父もそれを悟ったんだと思います」。

小6のとき、父から「もうやめていいよ」と言われ、小鹿野さんはぱったりと将棋をやめた。そのときの気持ちを、本人は3つに分けて振り返る。解放された気持ちが3割。父の期待に応えられず、プロになれない惨めさが5割。小学校にあまり行っていなかったので、中学でうまくやっていけるのかという不安が2割。

解放されたはずなのに、いちばん大きかったのは惨めさだった。それだけ本気で将棋に向き合ってきたということでもある。

中学では、将棋から逃げるように、いちばん対極にありそうな運動部に入った。県でベスト8に入る強いチームで、部活の忙しさを理由に勉強はあまりしなかった。最後に少し追い上げて、地元の県立高校に進む。

高校の偏差値は57、58ほど。旧帝大や医学部に進むのは毎年1人か2人で、東大の現役合格者は10年ほど出ていない。入学時の順位は学年20位くらい。「行けても地元の国立大学」という環境で、東大などまったく考えていなかった。

転機は、高1で出会った数学の先生だった。髪の毛が爆発していて、見た瞬間に「この人は絶対に美術の先生だ」と思ったという。ところが実際は数学の先生で、カリスマ講師のような存在だった。「この人に認められたい」という思いから、数学だけは頑張るようになる。その先生が、高2で担任になった。

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