三洋化成工業の広報職を辞し書家として独立したのは、1978年のことだった。退職時、取材を通じて知り合っていた東洋経済の記者から声をかけられ、『週刊東洋経済』に明治の元勲、企業経営者、現代中国の政治家の書を評論する記事を書いた。
それまで「書」の評論といえば、書道界という狭いムラの中だけで通用する身内向けの言葉しか存在しなかった。専門家ではない普通の人々に向けてどのように書を語るか。悪戦苦闘しながら、誰もが理解できる普遍的な理論と言葉を紡ぎ出し始めた。ここから「書を言葉で解き明かす」という独自の評論活動が幕を開けたと言っていい。
90年には著書『書の終焉──近代書史論』でサントリー学芸賞をいただいた。この受賞を機に、日本経済新聞でも「見失った手」という連載を持ち、私の書論は広く経済界の読者にも届くようになった。サントリーの佐治敬三氏とも交流を持ち、その墓碑銘も揮毫させていただいた。
「サラリーマン社長」の感覚のズレは、耐えがたいものであった
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