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キャリア・教育 #秀吉を天下人にした男、豊臣秀長の実像

天下のために「44歳の妹を"強制離婚"」→家康に嫁がせる…秀吉のあまりにも冷酷すぎた《家康囲い込み作戦》

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豊臣兄弟 秀吉 家康
秀吉の銅像(写真:Relias リリアス / PIXTA)
  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)

INDEX

いよいよ秀吉による天下統一が近い。そんなムードを察知してのことだろう。

天正13(1585)年10月には長宗我部元親、同年12月には小早川隆景・吉川元長、そして天正14(1586)年6月には上杉景勝……と、秀吉を訪ねて諸大名が、京都・大坂に集うようになった。

快活な性格で知られた秀吉のことだ。大げさに彼らを迎える様子を、横で秀長は目の当たりにしたことだろう。

同時に、兄の表情にわずかに陰りがあることも見逃すことなく、こんな思いを抱いたのではないだろうか。

「あの人さえ来てくれれば、兄者も心から安心できるのだが……」
 
秀吉が上洛を待ち望んだ人物、それは徳川家康である。

家康とにらみ合い続けるのを避けたい

小牧・長久手の戦いで激突した両者は、痛み分けで事実上の和睦となったものの、完全な関係修復とは言いがたかった。しかし、秀吉としては、このまま家康とにらみ合うのは避けたい事情があった。

秀長が総大将を務めた四国征伐によって、長宗我部元親を降伏させた今、秀吉の狙いは、九州にあった。

九州では大友氏と島津氏が争うなか、劣勢に立たされた大友宗麟が、秀吉サイドに援軍を求めた。窮地に陥った宗麟の手を取った秀長が、こう言って安心させたという逸話はよく知られている。

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