実は父親にとって上牧は、かつて教職員健診でたびたび訪れた思い出の場所でもあった。「ここの温泉が好きだったというから、晩年に再び上牧で過ごせたことは、本人にとっても幸せなことだったのかもしれません」(岡田医師)。
思えば、コロナ禍前に群馬に帰省するたび、父親と日帰り温泉にはよく出かけていた。赤城温泉を訪れたときには、露天風呂で父が大きな声で歌い始めたこともあったという。「『気持ちいいから声が出るんだよ』って言うんです。私も一緒に歌いました」。
上牧の特養に移ってからは温泉の介助入浴も受けることができ、父親は満足しているように思えた。
父親は上牧に移って1年と1カ月後の2024年11月、心不全のため88歳で亡くなった。
心臓の鼓動が止まる、そのときに
「医者になって東京へ出てしまったので、親孝行らしいことはあまりできなかったという思いがありました」。岡田医師はそう振り返る一方で、「最期の瞬間に立ち会うことができた。心臓の鼓動が止まる、そのときにそばにいることができました。それが、自分の中で小さなプライドになっています」とほっとした表情を見せる。
父親を見送った経験を通じて、岡田医師は「人間には寿命がある」という当たり前の事実を改めて実感したという。そして「いつ死んでも悔いがないように生きるしかない」という思いを新たにした。
上牧温泉病院に勤務してから、温泉の知識を本格的に学び始めた。
「せっかく温泉があるのだから」と日本温泉協会の温泉検定を受検し、「日本温泉名人」という民間の資格を取得。さらには、温泉療法に関する正しい知識を普及し、安全な療養指導を行うための「温泉療法医」(認定医)の資格も取得した。
医療の現場では温泉の活用は縮小傾向にあるものの、自身の「なるべく切らず、保存療法を」という思いと、温泉療法の親和性が高いことに気づいた。
「手術は最終手段です。温泉療法は、合併症があって手術できない方、手術しないと決めたご高齢の方がやれることの1つだと思っています」と岡田医師は言う。


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