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ライフ #不安な時代、不機嫌な人々

「子どもも観るのにアホか」「球場の雰囲気にそぐわない」との声が…神宮球場「キャバ嬢始球式中止」に見る"夜職拒絶"の真因

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明治神宮野球場
東京ヤクルトスワローズが、キャバ嬢インフルエンサーが出場するイベントを中止した(写真:khadoma/PIXTA)
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SNS上で不評だった「ユニフォームのへそ出し、着崩し」なども同様のメカニズムが働いた。インフルエンサー側にとっては平常運転に過ぎなかったが、ファンの側からは「伝統あるチームや共同体の象徴に対する敬意の欠如」と映った。自己プロデュースを優先する作法と、共同体の規範に従う作法が完全にすれ違っていたのである。

「個体しか見ていない若者」と「構造しか見ていない大人」の認知の断絶

企画側は、夜職を「若者に影響力を持つライフスタイル/成功物語」と捉え、効果的にアピールできると考えたはずだ。しかし、土壇場でのイベント中止は、「SNS内でどれだけ好感度が高まっていようとも、公的なメインストリームにおいては依然として強固な境界線が存在する」という現実を突き付けられる結果となった。

これは先の「推し活」フィルター=「個人の生き方や成功」として応援する世界と、「社会悪」フィルター=「社会の規範や子どもへの教育」として防衛する世界による語りの違いである。この2つの視線は同じ球場という物理空間に集まりながらも、決して交わることはなく、最終的には既存の秩序がそれを粉砕した。

つまり、「個体(キャラクター)しか見ていない若者」と「構造(システム)しか見ていない大人」の認知の断絶といえる。若者の側が見ているのは、SNSなどを通じて可視化された、ホストやキャバ嬢個人のマイクロなストーリーである。

彼らの成功体験だけでなく、アンチからのバッシング、整形のダウンタイム、客とのトラブルなどの人間味あふれる葛藤までもがコンテンツとして共有されることで、「個人への解像度」は飛躍的に高まった。若者にとって彼らは「夜職の人」ではなく、「過酷な実力主義に傷つきながらもタフに生き抜くダークヒーロー」に見えているのだ。

夜職の世界は、売り上げがすべてを決定する極めて残酷なルールが支配している。理不尽な年功序列やしがらみではなく、己のルックス、話術、心理的駆け引きという身一つで、資本主義のゲームを攻略できる(ように見える)。若者たちは彼らに、現代社会をサバイブするための「究極の自己プロデュース力」と「ハッキング能力」を見い出している。

ホストやキャバ嬢が売っているのは、酒や性的魅力ではなく、「疑似的な親密性」と「承認欲求の肯定」である。これは、心理学的には高度な「感情労働」だ。ネットメディアを通じて彼らの「営業戦略」や「顧客心理の操作術」が可視化されたことで、若者たちはそれを「汚い水商売」としてではなく、「人間の欲望を正確に読み取り、コントロールする高度な対人スキル」として再定義し、カジュアル化が起きたのが昨今の状態といえる。

対して大人たちの目に映るのは、かつての昭和・平成期に形作られた「水商売=反社会勢力、搾取、悲劇、反倫理」という抽象化されたマクロな構造とストーリーである。彼らにとってホストやキャバ嬢は、個別の人間ではなく「水商売という画一的なイメージ」に過ぎず、解像度は極めて低い状態にとどまっている。

経済構造的な問題や社会的リスクに対する解像度は高いものの、若者たちがそこに見い出している「人間的な魅力」や「プロフェッショナリズム」を理解する解像度が低いため、説教や排除(キャンセル)という極端な対応に終始することになる。

結果として、大人が「なぜあんな悪質な構造に惹かれるのか」と倫理的正当性を振りかざすのと対照的に、若者は「何も知らない大人が、わたしたちの推しを職業差別で叩いている」と反発することになってしまうのだ。ここには双方が抱える認知の罠が存在する。

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