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iPS細胞由来の再生医療等製品が世界初「条件・期限付き承認」、医療現場への実装に向けて新段階へ。iPS財団が描く道筋

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京都大学iPS細胞研究財団 研究開発センター長の塚原正義氏
  • サーモフィッシャーサイエンティフィック 制作:東洋経済ブランドスタジオ
iPS細胞の作製が最初に報告されてから20年の節目となる2026年、iPS細胞由来の再生医療等製品が世界で初めて承認された。iPS細胞を使った再生医療は、医療現場への実装に向けて新たな段階へと移行している。しかし、それを「誰もが受けられる医療」にするためには、製造コストの低減や品質の安定化といった大きな壁が立ちはだかる。研究成果を実際の医療へつなげるには何が必要なのか。公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団 研究開発センター長の塚原正義氏に話を聞いた。

世界初承認後も残る「iPS細胞」製造の課題

iPS細胞とは、人の血液や皮膚などから採取した体細胞に初期化因子を導入し、細胞の状態をリセットすることで、神経や心筋などさまざまな種類の細胞へ分化できる状態に戻した細胞のことだ。その性質を生かし、新薬の開発や、病気やケガで失われた組織を補う再生医療への応用が進んでいる。

2026年3月に、その実用化の進展を示す大きな動きがあった。iPS細胞を用いた再生医療等製品として、パーキンソン病と虚血性心筋症による重症心不全を対象とする2製品が、厚生労働省から条件および期限付きの製造販売承認を取得したのだ。

2006年に京都大学の山中伸弥教授らの研究チームが、マウスの細胞からiPS細胞を作製することに成功してから20年。iPS細胞を用いた再生医療は、研究・治験の段階から、承認後の医療現場で有効性や安全性をさらに検証していく段階へと進んでいる。

しかし、iPS細胞を使った治療を一部の限られた人だけのものとせず、広く普及させるためには、乗り越えなければならない「製造プロセス」の壁がある。

「現実的なコストで安定した品質のiPS細胞を供給する製造基盤の確立が不可欠です。再生医療等製品は、一般的な化学合成医薬品とは異なり、生きた細胞を扱います。そのため、製造条件のわずかな違いが、細胞の性質や品質に影響を及ぼす可能性があるのです。安定した品質を保ちながら製造量を増やし、工程ごとのばらつきを抑えることが大きな課題となります」

京都大学iPS細胞研究財団(以下、iPS財団)の研究開発センター長を務める塚原正義氏はそう指摘する。

「一例ですが、iPS細胞を培養する際には、栄養分を含む『培地』を定期的に交換しながら細胞を増殖させます。その際に、液体を交換する速度や培地が細胞に当たる強さといった作業者の手技によるわずかな差も、生き物であるiPS細胞にとっては刺激となりえます」

こうした差を定量化して、誰が行っても同じ結果が得られるように制御するのは難しい。そのため現在は、細胞培養の経験に加え、製造・品質管理に関わる規制にも精通した熟練者の手作業に、多くの工程を頼っているのが実情だ。

専用の施設から装置・原材料・試薬、さらに作業者の人件費まで見積もると、iPS細胞を用いた治療は高額になる。高額な費用は再生医療の普及を遠ざける大きな要因となるため、コストダウンを実現する製造プロセスの改革が求められている。

5000万円→100万円のコスト減へ、iPS財団の挑戦

こうした背景の下、「誰もが受けられる医療」としてiPS細胞を用いた再生医療の実用化を目指しているのがiPS財団だ。

同財団は、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)で生まれた研究成果を継続的に社会実装へつなげることを目的に設立。研究開発から実用化への橋渡しを担い、再生医療の普及に向けた基盤づくりを推進している。

その主な取り組みの1つが、健康なドナーの血液などからiPS細胞を作製・品質評価したうえで保存しておく「iPS細胞ストックプロジェクト」だ。日本人の多くの人にとって免疫拒絶反応を起こしにくい「他家iPS細胞」をストックし、企業や研究機関へ提供している。2026年3月に承認された2製品も、iPS財団が作製したiPS細胞ストックを原料として開発されたものだ。

しかし、他人由来の細胞であるため、他家iPS細胞をもとに製造した分化細胞を移植したときに患者の免疫が細胞を異物とみなして攻撃する「拒絶反応」が起きるリスクを完全には避けられない。この課題を乗り越えるためのもう1つの柱としてiPS財団が進めているのが、患者自身の血液などの細胞からiPS細胞を作る「my iPSプロジェクト」である。

自分自身の細胞から作られる「自家iPS細胞」は、他家iPS細胞をもとに製造した分化細胞を移植する場合と比較して、免疫による拒絶反応を抑えられる可能性があり、より幅広い治療への応用が期待されている。

ただし、自家iPS細胞があらゆる治療に適しているというわけではない。「自家iPS細胞であれば、必ず拒絶反応が起こらないとは言い切れません。また、疾患の種類によっては、患者さんの細胞が持つ遺伝的な変化を引き継いでしまうリスクもあります。患者さんの年齢や健康状態によって、製造のしやすさや細胞の性質が異なる点も考慮が必要です」と塚原氏は語る。

そのため、他家iPS細胞と自家iPS細胞は、どちらか一方に統一するものではなく、疾患や患者の状態に応じて使い分ける、相互補完的な選択肢になるという。再生医療が研究から実用化へと進む中、それぞれの細胞の特性を生かしながら、製造コストの削減や安定供給をどう実現するかが問われる。

とりわけ自家iPS細胞は、完全オーダーメイドになるため製造コストが跳ね上がる。

「現在の手作業によるプロセスでは、患者さん1人分のiPS細胞を製造するのに約5000万円という多額の費用がかかると試算しています。これでは患者さん個人が支払うにしても、公的負担で賄うにしても、大きな負担です。そのため、my iPSプロジェクトでは製造プロセスを根本から見直し、将来的には高品質な自家iPS細胞を1人当たり約100万円の製造コストで提供できる仕組みの実現を目指しています」

「2028年に臨床試験開始」へ、着実に進む製造プロセス改革

この大幅なコストダウンをどのように実現するのか。カギとなるのが製造工程の自動化だ。

現在は、熟練した人材が3~4人でチームを組み、手作業で製造するケースが多い。my iPSプロジェクトでは、こうした人手への依存を減らすため、培養中の細胞が外部環境に直接触れない状態で試薬の添加や培養ができる「閉鎖型自動細胞培養装置」を活用し、製造を効率化する技術の開発を進めている。

京都大学iPS細胞研究財団 研究開発センター長
塚原 正義氏

「閉鎖型自動細胞培養装置を用いることで、微生物などの混入リスクを抑えられるほか、大規模なクリーンルームや高度な無菌操作への依存を減らせる可能性があります。さらに、複数台を並べて稼働させれば、1人の研究員が複数の患者さんの細胞製造を同時に管理できるようになり、1人当たりの製造コストを下げる余地も生まれます」と塚原氏は説明する。

ただし、自動化は、人が行ってきた作業をそのまま機械に置き換えればよいというわけではない。自家iPS細胞では、その特性に合わせて製造工程そのものを見直す必要がある。

例えば、他家iPS細胞では多くの患者に同じ品質で使えるよう、性質のそろった細胞を厳密に絞り込んでから増殖させる工程が不可欠になる。一方、自家iPS細胞はその患者本人だけに使うため、厳密に細胞を絞り込む必要性は相対的に低い。その工程を簡略化できれば、培養期間の短縮にもつながる。

「自動化すること自体がmy iPSプロジェクトの目的ではありません。自家iPS細胞を患者さんに早く、安く届けるために、必要な工程を一つひとつ見直してきました。最初の3年ほどは思うように製造できない時期が続きましたが、改善を積み重ねて解決し、近年はかなり安定して作れるようになってきています」

そして、次に向き合っているのが、患者一人ひとりの細胞の違いだ。患者は子どもから高齢者まで幅広く、病気や体の状態も異なる。

同じ製造プロセスを使いながら、出発点となる細胞の違いをどう吸収し、一定の品質に仕上げるか。こうしたばらつきまで含めて制御できる製造技術の開発を急ピッチで進めているという。

「2027年初めごろまでに自家iPS細胞の製造プロセスを確定できる見込みです。2028年度中には、提供先の医療機関などによる臨床試験が始まることを目標に、製造技術と品質評価の両面から研究開発を進めています」

再生医療の社会実装には「多様なプレーヤーの連携」が不可欠

製造プロセスを標準化できれば、コストダウンだけでなく、患者ごとに細胞の性質が異なったり、製造場所が変わったりしても、一定の品質を再現しやすくなると塚原氏は言う。

「現在、iPS細胞の作製には高度な施設や、細胞培養と規制に詳しい人材が欠かせません。しかし、自動化が進み、熟練度への依存を下げられれば、製造できる場所を広げられる可能性があります。将来的に医療機関に近い場所で製造できるようになれば、治療までの時間短縮や患者さんの負担軽減にもつながるはずです」

一方で、そのためには多様なプレーヤーの連携が欠かせない。

「iPS細胞を用いた再生医療を広く普及させるには、製造装置を高度化するだけでは十分ではなく、アカデミアや企業がそれぞれ単独で実現できるものでもありません。原材料や部材を安定して供給する仕組みから、培養・解析・迅速な品質評価、そして物流まで、さまざまな関係者が連携して一連の基盤を整えていく必要があります」

こうした基盤づくりを技術面から支える企業の1つが、サーモフィッシャーサイエンティフィックだ。

同社は、細胞の培養に用いる培地や評価に用いる試薬、製造・分析装置などを通じて、研究から製造、品質評価までのプロセスを支えている。日本発の再生医療技術を海外へ展開していくうえでは、こうした製品群をグローバルに供給できるインフラも、産業発展のカギを握る。

そして、こうしたさまざまな分野の技術を組み合わせる取り組みの先に、塚原氏は研究そのもののあり方が変わる未来も描いている。

「これまでさまざまなテクノロジーを検証しながら、使えるものを選択してきました。その先に見据えるのが、研究そのものの自動化です。その実現には、細胞の状態を把握するセンサーや画像解析、AIといった異分野の技術も重要になります。AIが実験を考案・解析し、装置が実行する形へ発展すれば、人間ならではの発想と組み合わさることで、研究スピードの向上につながる可能性があると考えています」

治療法を生み出す研究、安定した品質と現実的なコストで製造するための技術、そしてそれを支える産業基盤。これらがつながることで、iPS細胞を活用した再生医療が、「より多くの人に利用可能な医療」へ近づくことが期待される。異なる領域の技術と知見をどう結び付けていくか。再生医療が研究成果の段階を超え、持続可能な医療として社会に根付くためにも、領域や立場を超えた連携の重要性は今後さらに高まっていくだろう。