私自身も現物を見て、これはひどいと思ったが、父親はそういうことが平気でできる人だった。ふつう母親というものはなるべく家の中を丸く収めようと、父親である夫の悪口などはいわないものだが、彼女は子どもの私に悪口をいいまくっていた。私も両親の夫婦仲など詳しくはわからないので、ただ、
「ふーん」
と聞いているだけだったが、母親としては、父親はひどい人という印象を私に植えつけて、自分の味方にしようと考えていたふしがある。
夫婦の間には深い溝があり、お金もない。こんな家庭で毎日穏やかに暮らせるわけもなく、両親は毎日、喧嘩をしていた。私は喧嘩がはじまると、ささっとその場から移動して本を読んだ。幸い本とレコードは好きなだけ買ってもらえたので、そこが私の逃げ場になった。最初は、
(これからどうなるのかしら)
と気を揉んだりもしたが、だんだんそんな日々にも慣れてきて、両親は他人と思うようになった。その後、弟が生まれて文京区からひと部屋多い練馬の家に引っ越したのは、私が4歳の頃だった。そのころは父親にデザインの仕事が入るようになり、通いの若い男性を1人雇って、グラフィックデザインの仕事をするようになっていた。
お金の問題で毎日夫婦喧嘩
前よりも少し収入が増えて、それで家の中が丸く収まるかというと、またお金の問題で、毎日夫婦喧嘩がはじまった。問題は父親は入金があると、まず自分の服や画材、カメラなどの欲しいものを買ってしまい、その残りを母親に渡すことだった。母親としては子どもがいるのだから、まず自分よりも子どもだろうというのだが、彼にはそういった考えは毛頭なかった。そうなると私はまた本を手に取り、片っ端から読んだ。夫婦喧嘩の声も本を読んでいると聞こえなくなるのだった。
それから少女漫画も読むようになると、そこには様々な世界が広がっていた。大きなお城、きれいなドレスや着物を着たお姫様、おめめがぱっちりとしたかわいらしい女の子たち、お洒落なフランス人など、
「こんな素敵な世界があるのか」
と驚いた。うちにはデザインに用いる紙類はたくさんあったので、父親からトレーシングペーパーをもらい、素敵だと思う絵柄を描き写してはうっとりしていた。そういうことで素敵な登場人物と自分を同化させようとしていたのだ。


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