AIから以下のような問いを投げかけてもらうようにするのです。
- どこがおもしろかったのか、悲しかったのか
- なぜおもしろかったのか、悲しかったのか
- 自分の体験と似ているところはないか
一人では深められない内省も、問い返してくれる相手がいれば深まっていきます。これまで先生や家の人が担っていた「聞き役」を、AIが担うイメージです。
重要なのは「変容を言葉に編み直す」経験
そして、2)で対話したことをAIによって一覧表にしてもらい、それをもとに実際に文章を書いていきます。
デジタル上であれば、一覧表のなかから使えるところをコピペしながら文を書き進めることができます。これを「ずるい」と見るか、「自分の言葉を選び直している」と見るかにわかれると思いますが、私は後者だと考えています。一覧表のなかからどの言葉を選ぶのかという判断は、その子自身の変容と切り離せないからです。
このようなAIの使い方であれば、反対という人は減るのではないでしょうか。
逆に、3)の文章化をすべてAIに任せてしまえば、どれだけ2)が充実していても、変容を言葉に編み直す経験は失われてしまいます。同じ「AIを使う」でも、中身はまったく違うのです。
ここに、AIを「単なる作業の代行」にしてしまう親と、子どもの「学び」を引き出す親の大きな違いがあります。


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