こういう芝居の大成功例を挙げるとすると、佐野史郎が演じた冬彦さんだろう。『ずっとあなたが好きだった』(1992年、TBS)で母親に溺愛された影響で妻を抑圧し続ける人物を、あの手、この手でエキセントリックに演じて、視聴者を恐怖と笑いで震え上がらせた。この演技によって佐野は一気にお茶の間の人気俳優となった。
ほかに、一見、すっとして真面目そうだけれど、時々、鬱屈した感情や、邪悪な瞬間を見せる演技のパターンもある。これはその表情の切り替えの速度が勝負どころとなる。
入念に計算され、訓練されたうえでの自然体だったら逆に恐ろしい
ダンスやフィギュアスケートの華麗な技のように視聴者の想像を超えた圧倒的な技術に下支えされた表現こそが名演技だと視聴者は長年思ってきた。もちろん、それはそれですごいことだ。だがここへ来て、松村北斗が新たな地平を切り開いている。いわばノーガード戦法のようなもの。
あえて気持ち悪くみせない、あくまでも感じのいい青年だからこそ、最もこわい。『告白』で彼の演技を見ていると、実はこれが入念に計算され、かつ訓練されたうえでの自然体だったら逆に恐ろしいと思う。まったく心の内が読めない。爽太という役もこわいが、松村北斗という俳優そのものがいい意味でこわい。
ちなみに、現在放送中の朝ドラことNHK連続テレビ小説『風、薫る』でも、主人公りん(見上愛)を想う島田健次郎(佐野晶哉)が、ともすれば彼女を待ち伏せているように見えて、ストーカーぽいと言われている。
彼もまた、物腰柔らかで、勉強家の善人だが、不器用で、ただただ好きな人を追いかけ続けているだけなのだが、傍から見ているとちょっとヘンな行動をしているように見える。最近は、「ビジュのいい男性がややストーカー気味」というシチュエーションが女性視聴者の好みだと作り手は考えているのだろうか。
ビジュのいい俳優によって、ストーカー的な行為が純愛として肯定されてしまったら、ちょっとこわい気もするなあと、筆者はまったくの取り越し苦労に余計な時間を割いてしまうのだ。


※ログイン後、コメント入力が可能です。