こども家庭庁によると、専門職である放課後児童支援員の常勤職員率は27.1%、補助員や周辺業務を行う職員を入れても常勤は32.4%で、学童クラブの現場では圧倒的に非常勤が多い。
◎放課後児童支援員などの状況
もちろん、これだけで個別現場の労働実態を一括りにはできない。しかし、少なくとも、子どもの安全と生活を担う仕事が、安定的な専門職として十分に支えられているのかという問いは残る。
国の予算資料にも、放課後児童支援員等の処遇改善、キャリアアップ処遇改善、月額9000円相当の賃金改善、障害児受け入れの加配、要支援児童対応、人材確保などが並んでいる。これは裏を返せば、学童保育を支える人材と処遇が、まだ十分ではないということである。
学校を開く前に、学童保育を厚く支えるべきだ
ならば、本来優先すべきは、学校を新たに開放することではなく、学童保育そのものを厚くすることではないか。
学童保育の利用料が高くて利用をためらう家庭があるなら、そこに補助を入れるべきである。職員の処遇が低く、人材確保が難しいなら、そこに予算を入れるべきである。待機児童がいるなら、受け皿整備に予算を入れるべきである。
既存の制度を弱いままにしておいて、学校を無料の受け皿として開く。これは順番が逆である。
子どもの居場所が必要なのは確かである。だが、それは「場所」だけの問題ではない。子どもを見る大人の専門性、処遇、継続性、責任体制の問題である。学校を開ければ居場所になるという発想は、この点を見落としている。
学校開放は、その先にある補完策であって、最初に持ち出すべき本丸ではない。
今回の問題の本質は、学校を開けるかどうかではない。「子どもの居場所づくり」を、社会の制度として引き受ける気があるのか。そこが問われている。
本当に必要なのは、少なくとも3つである。第1に予算だ。冷房を使えば電気代がかかる。見守りを依頼するなら人件費が必要である。消耗品費もかかる。事故対応のための保険や緊急体制も必要になる。これらをあいまいにしたまま「地域で工夫を」と言えば、結局は自治体や学校現場が持ち出しで対応することになりかねない。
第2に人員である。子どもを安全に受け入れるには、一定数の大人が必要である。ただその場にいるだけでは足りない。子どもに対応できる人、緊急時に判断できる人、保護者対応ができる人、施設管理ができる人が必要である。
「ボランティアで何とかする」という発想には限界がある。ボランティアは尊い。しかし、責任ある事業を無償の善意で恒常的に回すべきではない。善意は制度の補助にはなっても、制度の土台にはならない。

