学校現場はすでに、多くの役割を抱えている。授業、学級経営、生徒指導、保護者対応、校務分掌、研修、会議、行事準備、成績処理、個別支援、地域対応。さらに近年は、貧困、虐待、不登校、発達特性、ヤングケアラー、ICT、働き方改革など、学校に求められる役割は増え続けている。
文科省自身も、教師の働き方を見直し、授業を磨き、人間性や創造性を高め、子どもに効果的な教育活動を行えるようにすることを目的として、学校における働き方改革を進めるとしている。
ならば、夏休みの学校開放についても、働き方改革と矛盾しない制度設計が必要である。「負担にならないように留意する」という言葉だけでは足りない。負担を生まない仕組みにしなければならない。特にここで見落としてはならないのが、「無料」の学校開放が生む需要の問題である。
学校を無償で開放すれば、当然ながら利用希望は増える。しかも、それは必ずしも「酷暑で家庭に居場所がない」「経済的に冷房を使いにくい」といった、本来支援を必要とする家庭に限られない。
夏休み中、保護者も疲れている。働いている家庭であれば、日中に子どもを見続けることは難しい。そうでなくても、長期休業中に子どもが一日中家にいることは、家庭にとって大きな負担になる。
だから、もし学校が無料で開いているとなれば、「学校で見てもらえるならありがたい」と考える家庭が増えるのは自然である。
午前中だけの居場所のつもりが、「昼食はどうするのか」という話になる。短時間の開放のつもりが、「できれば一日預かってほしい」という要望になる。自主的な利用のつもりが、実質的な預かり機能を期待されるようになる。
そして一度、学校がそれを受け入れ始めれば、現場は断りにくくなる。
「子どものため」「家庭が困っている」「せっかく学校が開いているのに」……そう言われたとき、学校現場は非常に弱い。結果として、当初は「居場所の開放」だったものが、いつの間にか「夏休み中の無料預かり施設」に近づいていく危険がある。
学童保育との整合性をどう考えるのか
既存の放課後児童クラブ、いわゆる学童保育との関係も問題になる。夏休み中の子どもの居場所というなら、まず考えるべきは学校開放ではなく学童保育の充実ではないか。
学童保育は、保護者が労働等により昼間家庭にいない小学生に、遊びと生活の場を提供する制度である。つまり、夏休み中の子どもの居場所問題に対して、すでに制度上の受け皿が存在している。
にもかかわらず、そこを十分に強化しないまま、学校開放という別ルートを作ればどうなるか。有料の学童保育と、無料の学校開放が並ぶことになる。保護者からすれば、無料で学校が開いているなら、そちらを利用したいと考えるのは自然である。
しかも学校は、保護者にとって最も安心感のある場所の1つである。教員がいる。校舎がある。通い慣れている。そうなれば、「学童ではなく学校へ」という流れが生まれても不思議ではない。しかし、それは既存の学童保育制度を弱めかねない。
学童保育の現場もまた、決して余裕があるわけではない。放課後児童支援員は、子どもの安全を守り、生活を支え、遊びを保障し、保護者とも連携する専門的な仕事である。特に夏休みは、短時間の放課後対応ではなく、一日を通した生活支援になる。
それだけの責任と労働を担っているにもかかわらず、処遇や人材確保には課題がある。

