かくいう筆者も文春砲に巻き込まれ、文春記者から電話がかかってきたことがある。用件はあるマスコミA社の不祥事に関する取材だった。その不祥事はA社の社員の多数が知っていたが、センシティブすぎて社内では口にするのもはばかられ、異様な空気になっていたという。
結果、社員らは吐き出す場を友人知人に求め、噂が徐々に広がっていった。会社は社員に対し、不祥事に関連するデータの廃棄を求めたが、「隠蔽する気か」と一部の社員の反発を招き、情報がさらに拡散した。その中で話が入ってきた社外のある人物が、飲み友達の文春関係者にネタとして伝えたらしい。
文春記者の突然の電話に、筆者も噂で聞いたことは話した。ただ筆者も外部の人間で核心的なことは知らなかったので、「あまりお役に立てなくて」と話を終えた。
それから1週間ほどして文春砲が放たれた。記事には最初に文春に情報提供した人物や筆者の話はまったく入っておらず、その会社の複数の社員の詳細な証言がてんこ盛りだった。驚いたことに、渦中の人物の自宅も割り出され、突撃されていた。自宅を知っている同僚が教えたと見られる。
組織の内紛を「外圧で正してもらう」
このとき実感したのは、組織の内紛やごたごたに居合わせた人々は、文春記者から連絡を受けたとき、記者がある程度情報を持っているとわかったら、「そこまで知っているなら」と結構話してしまうということだ。「あの人が詳しいことを知っている」と、より精度の高い情報提供者を紹介することもある。
話す側には、「ほかの人も話しているなら自分が話しても薄まる」という心理に加え、「ごたごたによって仕事に支障が出ている」「組織に自浄作用がない」という問題意識もある。それが「外圧で正してもらう」という正当化につながる。
佐藤・橋本のトラブルも、やりづらい現場に嫌気がさした関係者が、内部での改善を諦めて外部に情報を出したかもしれない。
文春の報道と佐藤の事務所の声明によると、橋本が過去のハラスメントによるトラウマから演技中の身体接触に制限をかけていたという。ただ、その情報の取り扱いについては、橋本側もプロデューサー側も判断を回避し、佐藤に伝わっていなかった。

