ENEOSや住友商事はサラワク州の水力発電を活用したグリーン水素・アンモニア製造プラントの建設を主導する。三菱重工業は24年、サラワクに建設される50万kW級の発電設備向けにガスタービンを受注した。さらに水力発電を利用したポリシリコン工場を建設する徳山、日本国外初のAIデータセンター進出をサラワクで検討しているセントラル警備保障(CSP)とあわせ、エネルギー、製造業、デジタルインフラの全分野で日本企業の存在感が強まっている。
国際協力銀行(JBIC)は25年5月、サラワク・エナジーとの「戦略的協力に関する覚書(MOU)」に署名。「日本企業のビジネス拡大を支援する」ことが記されている。
こうした動きの中、日本政府もシグナルを発する。25年11月、政府はサラワク州首相アバン・ジョハリ氏に「旭日重光章」を授与。ジョハリ氏は同賞について、三菱など複数の日本企業との再生可能エネルギー分野でのグリーンな協力が評価されたと説明した。
他方、アンワル首相も26年6月、東京大学での講演で「AI、デジタル技術、エネルギー転換の分野で日本との連携を強化したい」と表明。この時の訪日では、再エネビジネスを担う日本企業との戦略対話にも参加している。
マレーシア政府によれば、日本企業による再生可能エネルギー分野への投資は10年間で約1兆4000億〜1兆7000億円(400億〜500億リンギッド)規模に達する可能性があるとされており、その多くがサラワクに集中しているのが実情だ。
「クリーン」電力の裏で起きていた強制移住
産業界、国家戦略のレベルでも、エネルギーを基軸とした日本とサラワクの協力は深まるばかりだ。しかしその「クリーン」の源泉をたどると、思わぬ場所に行き着く。
世界最高水準の安価を誇るサラワク水力ダムの潮流は、1980年代に遡る。
85年、州で初となる「バタン・アイ・ダム」が稼働を始めた。このダム建設を資金面から支えたのは日本政府の「途上国支援」を名目としたODA円借款だった。また水力発電の心臓部となるタービンを受注・納入したのは東芝。工事は前田・奥村JVが担当した。
クリーンな未来を担うダムが走り出した一方、その裏では、ダム建設に伴う水没で先住民族の人々が居場所を失った。先住民族「ダヤック」の人々は、水没した約8500ヘクタールの森や土地、川で伝統的な生活を営んできたが、わずかな補償と引き換えに強制的な立ち退きを命じられたのだ。

