歩行者天国となり賑わう前祭の宵山、動く美術館ともいわれる山鉾巡行にはたくさんの観光客が見に行き、ハイライトとしてもよく知られている。けれど、そうした賑わいの裏にある、見落とされがちな祭りの本質も伝えたい。
祇園祭を支える団体のひとつが、宮本組である。八坂神社のお膝元で、古くから神事を支えてきた由緒ある団体だ。地元住人や祇園で仕事をしている人を中心に構成されている。かつてこの宮本組の一員で、現在も神事に携わっている方に話を伺ったことがある。とある神事で御霊移しのご奉仕をした祭に、神様が入ったとされる瞬間、唐櫃(からびつ)がズンと重くなったのを感じたという。神様の存在を肌で感じたという体験談に鳥肌が立った。
またこんなこともあった。ガイドブックの取材で八坂神社の社務所に連絡をとったときのこと。やんわりと「うちは観光地じゃないんですよ」と言われた。たしかに観光名所ではあるけれど、そもそも神様がいる場所であることを私はすっかり忘れてしまっていた。華やかな祇園祭もある種、フェスティバルのようなお祭りとして楽しんでいたけれど、本来はあくまで神事なのである。お話を聞いて、改めてそんなことを再認識した。祇園祭はそうした人たちによって守り受け継がれている、京都の伝統行事なのだ。
祇園祭は別名"鱧祭り" 京都人はスーパーで鱧を買う
ちょうど梅雨の終わりから祇園祭の時期が鱧の旬となることから、祇園祭は別名・鱧祭りともいわれ、鱧は夏の名物にもなっている。私にとって鱧といえば、梅肉につけて食べる鱧落とし(鱧の湯引き)がまず思い浮かぶ。料亭や小料理屋でいただく高級魚というイメージがあったけれど、京都人はスーパーで骨切りした鱧を買ってきて、フライにしたり、鍋にしたりしているそう。
「鱧は、梅雨の雨を飲んでから一気に脂が乗る」という、ある京都人ならではの鱧の目利き方法にも、なるほどと思う。また祇園祭に関わる人は、この時期、キュウリを食べないという話も聞いたことがある。なぜなら、キュウリを輪切りにした際その断面が八坂神社の神紋に似ているからだとか。本当にそうなのか長年疑問に思っていたので、先ほどの神事にご奉仕されたという方に聞いてみると、やはり輪切りのキュウリは食べないとのことだった。ただし、断面が違うキュウリは食べることもあるのだとか。

