設定そのものは、地盤も資金も知名度もゼロから始まる選挙戦です。それだけ聞くと、よくある下克上ドラマに聞こえます。でもこの作品が選んだのは、敵味方を単純に善悪に振り分けないことです。それぞれの立場に理由や事情がある。ある意味それは、優しすぎる世界線でもあります。
対立候補役の日山流星(松下洸平)にも、彼なりの誠実さがある。流星の若手議員としての理想と、現実の党のしがらみの間で葛藤する姿が、単なる悪役にはない人間味を与えていました。与党内の雫石誠(山口馬木也)もまた、党への忠誠と自らの正義の間で揺れています。誰かをわかりやすい「悪役」として置くことを、この物語は最後まで避けていました。
「支える側」のキャラクターたちにも同じ視線があります。
たとえば、あかりのスナック常連客のあっちゃんこと樫田敦史(岩松了)は、過去のキャリアが後援会長としてチームを支える行動にそのまま結びついていることが伝わってきます。“善意で動く人”という以上に“そう動く理由を持った人”として描写されているのが、「俺、昔イベント会社やってたからよ。ステージとか人集めるの、得意なんだわ」というさりげないセリフからわかります。
グループホームの介護士・相良大樹(伊能昌幸)も同様です。200人規模のボランティアを即座に動員し、告示日の全掲示板ポスター貼りを達成させて「せいは!」と叫ぶなど、ドラマの清々しさと痛快さをさりげなく象徴する人物でした。どうしてそんなに人を動かせるのか、理由は最後まで明かされませんが、なぜか気になってしまう。
いわゆる“いい人”たちが、物語の都合で動く“モブ”ではない。だから、このドラマは綺麗ごとを描いても、嘘っぽく見えなかったのだと思います。
佐野亜裕美、蛭田直美、松本佳奈がタッグを組む
この作品を率いたのは、プロデューサーの佐野亜裕美氏、脚本の蛭田直美氏、監督の松本佳奈氏という3人でした。佐野氏は『エルピス―希望、あるいは災い―』、蛭田氏は『舟を編む ~私、辞書つくります~』、松本氏は『ひらやすみ』を手がけてきた。
性別だけで作品の特徴を語ることはできませんが、フィクションにおいて、意思決定の中心に女性の作り手が複数いる作品は、まだ多くないことも事実です。これは日本に限った話でもありません。

